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ピンクのイルカが夢を見た 1-4

 また金曜が来て、まつみがいなくなってから一週間が過ぎた。
 こうなると悩んでちょっと姿を隠してみた、ではもう済まない。
 有人は恐怖に襲われだした。嵐の夜に岩が波に翻弄されるようにたまらなくなって、耐えて、またひとり震えて脅える。
 海のそばの静かな街。映画のファンタジー世界のような森の中の白い建物。
 初等部や幼稚部からの持ち上がりが多く、おっとりした生徒たち。
 全てを捨てて逃げてきた。やっと立ち直ってきた矢先、安全なはずの学校でよりによってあの子が姿を消したー

 思い詰めたように泳ぐというのは有人が知っているのとは違う姿だった。あの子は穏やかで、平和そのもののように思えていた。
 少し寂しそうだとは思った。
 休み時間、女子はたいていおしゃべりに興じているが、まつみはいつもぽつんと席にいた。クラスでは何時間、何日でも挨拶以外口をきかないことも珍しくはなかった。

 けれど「おはよう」「さよなら」の口調ははっきりしていて、小さな声に小さな笑みでも明るかった。昼休みや放課後、羽美子や梨々香、他のオーケストラ部の部員たち、そして慶と話している時は楽しそうににこにこしていた。(こういう時でさえも、まつみはほとんど聞く側で、うなずくばかりだった。羽美子が慶に突っ込んだ通りだ。ちなみに羽美子といる時も例外ではない)

 毎週末有人は寮から二時間ほどかけて実家に帰る。まつみが姿を消した金曜の夜は、翌日映画を見る約束でたまたま寮にいた。土曜の朝寮を出た時は、落ち着かないとは思ったが何も知らなかった。
 次の、つまりついこの間の週末、両親にまつみの話をした。二人とも真剣に話を聞いてくれた。父には何かわかったらすぐ先生に相談するよう厳命された。
「聞いときたいんだけど……近くにいてどうだったんだよ?」
 寮の談話室、ソファーに座って三人に問いかけた。
 まつみを目で追うことは少なくはなかったが、何も気付かなかった。有人はその程度だ。
 慶たちは有人が合流する前からまつみのことを聞き回っていた。ほとんどの生徒はおとなしいまつみのことなど気にしなかったようで、ただ首を横に振るだけ。梨々果がオーケストラ部の先輩から、
『最近考え込んでたみたい』
 と引き出せた程度だ。

「……怒るようになった」
 まずはぽつんと、慶が絞り出す。
「まつみって全然怒らねえのか?」
(彼氏のくせに、怒ることも許してやれない男なの? おまえ)
 反発をじっと抑える。
「全然ってことはないけど、でもそれはそれはもう少ないよ。喧嘩ってほどのものもしたことない。僕が不機嫌になってあーだこーだ言うことはあるしー今思うと悪かったなって思うことも多いんだけど、それはそれ! 逆にまつみがすねるっていうか、文句を言うこともないわけじゃない。けどそういうのを聞くのもまた男の甲斐性! だろ?」
 弛む頬。それを見たくないと思う自分。
「それが……少し前から突然『怒る』ようになった。ってより怒りっぽくなったって感じかな?」
 ゴールデンウイーク明けに二人で映画を見に行った時―
「『華の雫』だっけ? 慶君」
 戦前の横浜を舞台に将校と女学生の悲恋を描いた恋愛物、と羽美子が説明する。
 帰りに飲み物のカップを分別せずに捨てたところ、まつみが激怒したのだと言う。
「コーヒーのスティックはプラスチックで、コーンのパッケージは紙。慶は何してるの! って……僕が人でなしみたいにそりゃーもう怒った。普段は穏やかだからすごくびっくりして……」
 怒った時の理由に共通点はあるか尋ねたが、首を横に振る。
「最後にメールしたのはいつだったのぉ?」
「月曜日」
「えーっ! ちょっとちょっと! どーしてそんなに間空いてるの? 慶君たちって毎日メールしてなかった? 当然だよね」
「……ああ」
「その時は何で? 喧嘩でもしたの?」
「違う」
 伏せ気味なまま慶は強く言った。
「日曜に会った時のこと。海ででも、適当にぶらぶらしようって言ってて」
(桐生はまつみとデートしてる)
 そんなことは当たり前だ。
「だけどあの日は、途中から雨が降っちゃって、たいして話もせずにモノレールの駅ですぐ……あいつは寮に、僕は家に帰った。それをフォローしただけ。当然だろ? 男はこういう時は黙ってちゃいけない。こーいう時はね!」
 さっと前髪をかき上げる。有人は顔を横に向け羽美子に聞く。
「羽美子ちゃんは……」
「それ止めてよぉ。呼ぶんなら『羽美ちゃん』にしてよね!」
 きゅっと口をとがらせて文句を言う。
「羽美子ちゃんって、ちょっと間違えると『うんこちゃん』って聞こえるの!」
 吹き出してまた睨まれる。
「ごめん! ごめんって!」
「初等部の時すっごくからかわれたんだからぁ……あ、そういう時もまつみはかばってくれたんだったな」
 遠い目をする。最近のまつみについてはこう言う。
「感じ、変わった。はっきりしないけどぉ」

 梨々果に話を振るとそれはもう簡潔な一言が返ってきた。
「可愛くなくなった」
「……『可愛い』はないんじゃない? 一応部の先輩じゃん?」
 慶が苦笑いする。かくんと目を伏せる梨々香。
「関係ねえだろ。先輩だろうと上の学年だろうと、可愛い子は可愛いだろうし…」
(あ‼)
 これではまるでまつみを可愛いと告白しているようで―鼓動が一気に高くなった。
「それだってば! まつみちっちゃいし、誰から見ても可愛い子じゃない? それがなんかちゃんと話を聞いてくれなくなって。ピッタシ!」
 羽美子がまくしたてる。慶は―視界の隅で見る限り変わった様子はない。息をそっと吐く。
「部屋、片づけてました。少しずつ」
 家出の数日前からまつみは部屋を整理していた。それだけと梨々香はまた目を落とす。

 既に多くの手がかりを持っていたことに気付くのはずっと後のこと。
 三日後、一本の電話が有人を襲った。



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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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