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ピンクのイルカが夢を見た 1-6

「いったい何を考えているんだ!!」
 吉沢《よしざわ》が怒鳴った。
 五十代の数学教師で三年の生活指導主任だ。羽美子の担任でもある。優しそうに見えていたのだが、
(ぼくって人見る目ないのかな?)
 四角い顔から飛び出す言葉の数々は優しさからほど遠かった。
 SKジムから学院へ苦情が来た。まつみの母も、心配してくれるのはうれしいが静かに娘が戻るのを見守ってくれと言ったという。
 最初有人と梨々香が呼び出された。残りの男女一人ずつとは誰か聞かれたが言わなかった(ここから西田ではなく、電話の主・山野ルートの抗議だとわかる)。慶たちに話をすると僕たちも行くと羽美子を連れてきて、四人まとめてパイプ椅子に座らされ説教を聞き続ける次第となった。

 昼休み。校舎最上階のフリーフロアと呼ばれる広い部屋には明るい光が差し込んでいる。遠く折り畳まれた白い間仕切り壁。窓の外にはゆるやかに揺れる黄緑の葉。
 六月の緑。
(ああきれいだ)
 学院の森の木々を美しいと思う時、有人は自分が生きていることを実感する。
 入学したての頃は緊張のあまり枝がしなることすら気付かなかった。すっかり余裕が出来て、敷地中の遊歩道を回った二年の春。そして三年目の今、初夏の緑は変わらず美しいが、まつみもここで小さく笑っているはずなのに―
「松法さんに続いて君たちも学院の名を傷つけるつもりか」
「どういう意味です」
 問い返した。
「それもわからないのか、高校生にもなって」
「わかりませんね」
 売り言葉に買い言葉。
「塩矢君。進学を控えてるんだろう。少しは内申のことも考えたらどうだ」
(!)
 と火に油を注がれた。
「オレは進学より友だちのことの方が心配です」
「……私は外部受験組ですから。内申は関係ありません!」
 梨々香が手を膝に重ねたまま斬るように言った。
「……いいか君たち……」
 吉沢は怒りで震える手を隠そうともしなかった。
「一人一人の生徒の行動の積み重ねで、学院の校風が作られ、守られてきた。だがせっかくみんなが頑張って作っている校風も、君たちのような行動であっという間に台無しになってしまうんだ。もっと自覚を持って行動しなさい! 学院の名誉を汚すことがないように」
(学校の名誉って……)
「じゃあ松法さんはどうなるっていうんです?!」
 椅子を蹴り立った。慶と羽美子が驚いて自分を見上げたのがわかる。
「塩矢君。松法さんのことが心配なのは私たちも同じだ」
 担任―当然まつみの担任でもある―の中川《なかがわ》が近づいてきた。吉沢よりは少し若い頬のそげた歴史教師だ。特技は授業を脱線し、武将たちのエピソードを延々と語ること。
「だからこそ、こういうことは大人に任せなさい」
「じゃあ先生方はどんな風に松法さんのことを調べてるんですか? 何がわかりましたか?」
「そういうことはプロに、警察に任せてあるから―」
 中川の目が頼りなく泳ぐ。
「警察は何もしません!」
 穏やかな声を梨々香が引き裂いた。下から睨め付ける視線に奇妙な迫力がある。
「そんなことはないだろう!」
 そのせいか二拍おいてから吉沢が怒鳴った。梨々香はきゅっと首をすくめて固まる。
(先生、松法さんは「特異家出人」なんですか)
 とは聞けない。それは、あの子が禍々しいことに巻き込まれていると想像することだから。
「……先生。教えてください。警察では今のところどんなことがわかったと言ってるんですか」
「そ、そんなこと、外部に教えるわけがないだろう!」
 また頭に火がついた。
「…どーーいうことですかっ!?」
「塩矢君、止めなよ」
 羽美子が制服のシャツの袖を引っ張った。させたまま吉沢に詰め寄る。
「だって! だってそれじゃあ……」
 警察は「特異家出人」でなければ捜索はしない。先生たちも探してはいない。まつみの両親も仕事が忙しいとかでこちらには来ていない。それではー
「松法先輩を見捨てるって言うんですか」
 エジプトの女王が呪うが如く教師たちを睨んだ。
 白うさぎは困ったようにそれぞれの顔を見る。慶は石のように沈黙したまま。
「警察とは密に連絡は取っている!」
 言い訳にすらなっていない。大人のくせにバカじゃないのか。
「松法さんはあくまで自分から寮を出て行ったんだぞ!」
 うっと息を飲んだ。
 残された書き置きに、部屋の整理。なくなっていた日記ー
「これは松法さんの問題なんだ! 君たちが巻き込まれることはない!!」
 吉沢の言葉が胸に刺さる。と、
「イルカです」
 怒りが隠りながらも梨々香の声は平坦だった。
「はあ?」
「問題はイルカです。知ってるんですか」
「???」
 緊迫していた空気が一気に崩れた。
 吉沢が頭の上にたくさんのイルカを浮かべているのが見えるようだ。背を伸ばしずっと黙っていた慶は、
「梨々香ちゃん、それ、そうなんだけどさ……」
 額を押えて苦笑し、羽美子はただ空を仰いだ。
「……って何ををふざけた……」
「ピュアドルフィン!」
 とっさに口を出した。
「松法さんが先月までスイミングを習っていたインストラクターの所属会社の名前。彼女が出ていった時のオレとの会話は前にお話しましたよね。あれもイルカ!」
 興奮すると気持ちだけが先走り、言葉がばらばらに散ってしまう。懸命にそれをかき集め組み立てて早口でしゃべる。
「SKの水泳の先生、ピュアドルフィンの後任の人から聞いた松法さんが水泳をやってる理由も、イルカみたいに泳ぎたいから! これが偶然だと思いますか!」
「君たちはいったい何をやっているんだ!」
「先生方は、こういうことを知っていらしたんですか」
(桐生?!)
 静かな、だが力のある言葉。慶がこれほど落ち着いた声で話すとは知らなかった。
 弓道部の副部長だというが納得だと見返した有人は、その顔に浮かぶ痛みに胸をつかれた。

 「僕は、先生方が松法さんを探してくれるというんなら、それでいいです。おっしゃる通りにします」
 吉沢たちが拍子抜けしたように慶を見る。
 彼は教師たちを見上げたまま慶は穏やかに話し続けた。
「出ていった松法さんが悪い。それもその通りです。でも、そこまで松法さんが思い詰めてたんだったら、気付かなかった僕たちも悪いと思ってます……いいえ。苦しんでいるのを助けられなかった僕の方がもっと悪いです。でも今はそんなことを言っている場合ではないです。松法さんが無事に帰ってきたその時に、松法さんと話すことだと思います。ですから先生」
 頬に小さな笑みを浮かべる。それがまつみの微笑と似ている気がして有人はどきりとした。
「大人に任せなさいというならそうします。その代わり約束してください。松法さんを連れ戻すって」
(君は……) 
「松法さんは真面目な人です。真面目で一生懸命で……バイトもしたことなきゃ、十八以上に見せかけて働くことも出来やしない。じゃあ今何をしてるんです? どうやってメシ食って……ちゃんと屋根のあるところにいるんですかっ……」
 声が急激に揺れ、整った顔が歪む。
「探すなというのなら約束してください! 先生でも誰でも松法さんを連れ戻してくれるって!…………約束してくださいよっ!!」
 間仕切り壁の間に響いた声が有人の胸を貫いた。



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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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