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空など飛べないと刑事は言った 1-3

 身長は、国内男性平均より三センチだけ低い。
 成績でもスポーツでも目立った試しはない。
 四十代の男にしては腹回りは絞まっているのだが、プラスの要素はわざわざ考えない。
 容姿の特徴は地味なこと。それと刑事にしては人相が良いという点以外、指摘されたことはない。
 その昔、警察学校での研修を終えた時も、出世候補として重要施設を擁する署に迎えられることはなく、使い物になるか微妙で仕事を覚える役にも立たないほど暇な僻地へ流されることもなく、まばらに商店がある静かな街の交番が、頓田最初の勤務先となった。
 土蜘蛛は、その交番《ハコ》に君臨していた。
 異動してからは年に一度くらい飲み会で機嫌を取り、仕事中偶然に会えばひたすら頭を下げる。五年前、土蜘蛛勇退の折りには送別会に出席したが、後は年賀状の交換のみ。
 顔はニュースでの写真で思い出したのだが、声だけは忘れていなかった。
「頓田かあっ!」
 取調室に入った最初、そう気付いた。
 目の前で爆破させては押し付けるような、無駄に大きく、不用意に上がり下がりする声。
「よく来てくれたな! 前から思ってたんだが、やっぱりお前は良い奴だよなあ。情ってものがわかってる。今の若い者はなってない。世の中狂い過ぎてるぞ」
(そういうあなたは、殺人犯として逮捕されているわけですが)
 土蜘蛛が犯人だとは思えないが、この男が言う立場でもない、と思う。
 妹亜ーとあともう一人ーと会って二日後、頓田は「捜査相談室」での仕事を開始していた。
「……どうもこうもないんだよ。休みだったから、寝転がって適当にテレビを見てたら、突然刑事が来て」
 無実を主張する土蜘蛛の話は、妹亜から提供された報告書の中身と変わりなかった。アリバイも、動機も、被害者の女の子との関係も全てが曖昧だ。怪しいと思えば犯人そのもので、そんなこともあるだろうと思えばシロ。
(なら問題は物証か)
 あすみちゃん殺害捜査本部に頓田が話を聞きに行くのは断られた。ただし警視の妹亜は断れなかったらしく、今同じ署の上階で本部担当の警視と会っている。だが物証の件など、あの娘が海千山千の刑事から聞き出せるかどうか。
「おい? 俺を連れ出してくれるんじゃないのかよ」
「ですから、もし土蜘蛛さんが無実だとしたらー」
「何だとーーーーーーっ!!」
 突然の絶叫。思わず肩をすくめ、同時に警官はざっと腰を上げる。
「お、おま、お前な…もしとは何だっ!! 俺は無実に決まってるだろうっっ!!」
 慌てて手で警官に合図する。
「す、済みません。そういう意味ではなくて……」
「お前俺を疑ってんのかあっ! そうか、お前誰かに頼まれて俺の観察に来たのか。スパイか! そうだよな、ずっと刑事だもんな!」
 刑事の頓田が土蜘蛛に面会することがどれほどのことか、元警官なら想像出来ていい。
 戻れない、間違った道に足を踏み出したー確信が次第に強くなる。これまでにない異様な不安が足元から自分を包んできた。
 二十年近く勤め、空気のように当たり前になっている刑事。最悪、それを失いかねない。
(そんなことは、「直訴」する前にさんざん考えた)
 刑事として冤罪は許せない? 馬鹿なことだ。
 それぞれの事件は、担当刑事が責任を持つ。後は刑事だろうと、マスコミだとろうと興味本位の市民だろうと同じただの部外者。理解出来ていたのに、それでも頓田は自分を止められなかった。
 いつからこんな人間に成った?
 一方成功の報酬は、 
「お前をスパイに寄こした偉い奴に言ってやれ! 土蜘蛛裕は天地に誓って潔白だって!」
 この初老の男を助け出せること。
(…………)
 やっと土蜘蛛なだめた頃には、そろそろ面会を終えるよう担当に告げられた。
「済みませんこの一件だけ。土蜘蛛さん? 土蜘蛛さんに罪を着せた人間がいるのかもしれない、と私は思うんです。ですから、誰か恨んでいる人に心当たりはありませんか?」
「全くない! 俺は今の職場でも皆に有り難がられてるんだ。若い者の面倒はよく見てるし、年食って動きが鈍い奴の仕事は手伝ってやってる。皆何かあると俺に相談に来るんだぞ。そっちにいた時もそうだっただろ」
 そうでなければ、仲間外れにしたの根性が悪いだの騒ぐのだ。
「逆恨みというのもあります。筋が通った意見ほど煙たがるへそ曲がりも、世の中にはたくさんいますよ」
 自分はへそ曲がりの大嘘付きか。
「土蜘蛛さんが正しいからこそ逃げた人間とかー」
 この男のそばからは誰でも逃げたがったものだった。もちろん、頓田自身も。


「すっごい人でしたな」
 担当警官に詫びまくって署を出ると、よく晴れた空の下、駐車場でリュンが気怠げにーよく言えば。悪く言えば若さのかけらもなくのっそりとー寄ってきた。
 妹亜に命じられ、一度は反対したものの頓田はスーツの下にミニマイクを隠し持って取調室に入った。リュンは、車の中で頓田が流した会話を聞いていたのだ。
「あんな人とお友だちなんて、頓田様はかなりの人格者なんですな」
(嫌がらせか?)
 土蜘蛛は友人でなく、恩ある先輩だ。友人と恩人の違いは恩人は選べないことである。
「……頓田様、は止めてくれないか。私は一介の刑事だ」
「ご主人様の仕事関係の方はみんな『様』です」
 木で鼻をくくった返事に口をつぐむ。幸い外ではあの格好ではない。白いシャツに紺のパンツ、と制服に似た服装ならそれなりに見えるのだが。

『男子高校生メイド、ですね! なかなか便利らしいって聞きますよ』

 本庁勤務の経験のある知り合いが、
「妹亜ちゃんのところのメイド君」
 を知っていた。かなり有名らしい。

『いっそ逆だったら!……ツインテールの女子高生メイド希望っっっっ!』

 自分の娘と同種の匂いに頓田はそそくさとその刑事から逃げた。ボーイズラブだの萌えだのといった怪し気なものに関わるつもりはない。自分は、普通で真っ当な人間なのだ。

「……矢辻若警視監から私まで全て『様』呼ばわりか。たまったものではないな」
「いいえ。『矢辻若のおじさん』です」
 額の汗を拭う手が止まった。



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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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