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空など飛べないと刑事は言った 4-3

 地蔵背負い、と百太が名を教えてくれた。
 こうやって首を絞めると、首吊り自殺同様の遺体が出来上がるのだそうだ。
「っっっ……」
 だが重い。老婆のように背を曲げ、懸命に胸でロープを引っぱりながら月音はふらふらとリビングルームまで歩いた。背中では男ー表札には「錦矢《にしきや》」とあったーが大暴れしている。
 バサバサッ!
 男が横の棚に力いっぱい蹴りを入れた。置き時計がはね落ちて月音の右足の上に落ちる。
「!」
 どさっ! 思わず手が弛み、男が床に落ちた。
「君は……!」
 間髪を入れず月音はポーチからナイフを取り思いきり良く刺しかかった。
「うっ!」
(やった!)
 放り出された眼鏡。男の体が揺れ、手首には血が滲んでいる。
 ー手首の傷はためらい傷といって自殺の証拠とみなされる。
(だよね百太さん)
 予備のナイフも役に立った。さすがだ。
 男の上にのしかかって動きを止め、もう一度ナイフをかかげる。今度はとどめだ。首をー
「っっ!」
 男に腹を蹴られ、体が半分床に落ちる。
「誰か! 助けてくれっ!」
 叫んで起きようとした男に飛びかかって床に押さえる。大丈夫。男の声は教室の端から端へも届かない程度。隣の声など余程でなければ聞こえない。自分もマンション暮らしだからそれくらい知っている。
「一一〇番っ!」
 頼りない叫び声。が動きは止まらず、ナイフを持った右手首を男が握る。
「うっ」
 左肘を男の腹に落とす。男は咳き込みながらも床を転がって逃げる。構わず腹の上に乗ってナイフをかざす。
「うぎゃっ!」
 ナイフの刃は、男の首の横数センチの床に刺さり、代わりに男の指が月音の左目の目頭に刺さった。悲鳴をあげたのは月音だ。
「だ、誰かぁ~!」
 男が立ち上る。玄関へよたよた走る。
(いけない!)
 ナイフを投げるかどうか一瞬考え、追いつく方がいいと判断。
 くっ!
 玄関の手前、背に手が届く程の所で男が振り向く。もう少しで刺せそうだったのにと月音は歯噛みする。
「ぐうっ」
 男を壁に閉じこめて、ナイフを首にー頚動脈というのがある筈。そうすればあの時のおばさんのように(あれは胸だったが)血が飛び散ってー
 ナイフを持った手首をまた男が掴む。既に眼鏡も外れた目でぎっと月音を睨みながら。
 肩でする大きな息が顔にかかる。
(何をそんなに一生懸命になってるんだ)
 利かない左目をまばたきしつつ、ゆっくりとナイフを男に近づける。暴れる右足は上から踏んだ。もうどうにもならない。体力が違う。このナイフが突き刺さればこいつは終わりだ。
 じりじりと、刃先が男の柔らかそうな首に近づく。手のひら分、そして指の長さ分。
 男は赤い目で月音を睨み続ける。
(あ)
 いきなり抵抗の力が無くなった。とナイフはあっけなく体の外に向けて空を切った。男が月音の押す力を利用してナイフを導いたのだ。予想もしないことだった。
(この人、凄いかも!)
 ゲームの難易度が一レベル上がったような興奮。
 血は沸騰し出し、目が輝くのが自分でわかる。
「うっ!」
 チャリン!
 手首を手刀で叩かれ、ナイフが落ちた。
 月音より男がしゃがむ方が早かった。
「ぐふっ!」
 ナイフを持った男に月音は飛びかかって首を絞めた。白い手袋をした両手でぐいぐいと首に力をこめる。男は左手でそれを剥がそうとするが、ただでさえ非力なのに先程の怪我で力が入っていない。充血する……のは自分の目か、こいつの顔か。体を振る男を体重で押さえつける。
(ひっ!)
 ナイフの切っ先が髪と、耳の上の肌を確かにそっと擦った。
 くらくらする。
 今、凶器を持っているのは相手だ。腕力など逆転されてしまう。ぞっと血の気が引き、目の前に銀紙が落ちたように視界がちらちらとする。左目はまだおかしい。
(ぐっ!)
 続いて刃が胸に吸い込まれ……衝撃が月音を襲った。
「ううっっ……」
 シャツが切れて、刃が骨に当たる音がした。痛い。けれど首を落として見るに刺さってはいない。
(だけど絶対、血出てるよ)
 まずい。服を傷めたら親に何と言い訳をすればいいんだろう。その前に自分は生きて家に帰れるのか。
 どくどくどく。鼓動の激しさは波立つ血の音。
 胸で、腕で、手で腹でー全身で血が沸騰する。吹き上げた力が体を駆け抜ける。
 気がつくと首に添えた手が緩んでいた。男は真下から自分を見すえると、今度こそナイフが首に向って振り上げられた。
 飛び込む刃先が、何故かスローモーションのように見えた。
(殺される)
 次の一瞬の間に、鼻での荒いひと息と、部屋に満ちる夏の日の光と、灰色の石のまま育った自分の人生を雑誌を荒くめくるように感じてー



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テーマ : ミステリ
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