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空など飛べないと刑事は言った 4-5

『三年前、あなたは土蜘蛛裕に手紙を出したことがありましたね』
『そんなこともあった気はしますけど。もう興味ないです』
 葛理はゆらは少しだけ唇をつき出した。とたんに生意気そうな―頓田に言わせれば年相応の―顔つきになり、目の脅えの印象が抑えられる。ともあれ刑事の自分に丁寧に答えようとする姿には、好感が持てた。いい躾を受けてきたのだろう、と最初に出てきた母親の顔を思い浮かべる。
『土蜘蛛が東京S区の幼女殺人事件で逮捕されたことは知っていますね』
『…はい』
『どう思いましたか』
『やっぱり、驚きましたけど、あの人ならやってもおかしくないな、とも思いました』
『それはどういうことですか?』
『もうあんまり興味ないんですけど。嫌な奴だった、というのは覚えてますから』
 興味ない、の繰り返しに頓田は違和感を覚えた。
 東京で工業デザイナーとして勤めていた時に、はゆらへのストーカー行為が始まった。半年ほど苦しめられた挙げ句、加害者は、彼女とは別にストーキングしていた女をメッタ刺しにして逮捕されて、悪夢は終わった。だがはゆらも限界だった。仕事を止めて郷里に帰ってきたのが三年前だ。
『ストーカーがあなたの電話番号を知ったのは、学生時代、アルバイトで行ったショッピングセンターの受付簿がきっかけだったのですね』
『そうでしたね』
 気のない言葉とはうらはら、見上げる耐えるような目。この娘にとってストーカーがどれほどのものだったのか、頓田は深い同情を覚えた。
 ショッピングセンター従業員入口の受付簿には、臨時販売員の名前に派遣元、連絡先等を記入する。とっさにはアルバイトの派遣元会社の電話番号が思い出せなかったはゆらに、個人の携帯番号を書くように指示したのが、警備員をしていた土蜘蛛だ。プライベートな連絡先を書かせるのは、警備会社の内規で禁止されていたにも関わらずだ。直後に店に入った取引先の社員が密かにそれを写し、翌年、ストーカーとなったのである。
『葛理さんが出した手紙に対して、土蜘蛛から返事はありましたか』
『ないです』
 はゆらの目が左右を探ってから下を向く。
 土蜘蛛曰く「訳のわからん手紙」は、はゆらが謝罪と損害賠償を要求したものだ。彼はそれを黙殺し、以降は音沙汰なかったー土蜘蛛と彼女の言い分は一致する。
『葛理さん。あなたは土蜘蛛を恨んでいますか』
『……恨んで元に戻るものなら、恨みますけど。どうにもならないんだから……仕方ないです』


「アリバイですが、あすみちゃん事件の時、葛理は六時頃から母親と一緒に近所のスーパーマーケットに行ったと供述し、母親も認めました。ですが身内以外の証言者はいません」
 その日三時過ぎまでアルバイト先のパン屋に居たことは、同僚たちの証言で確かだ。空港や駅までも遠い土地柄、彼女のアリバイは母親の証言を除いても成立する。
 専務夫人事件の時も、
「朝七時過ぎの時間は、目は覚ましていたもののベットの上でごろごろしていた、と言っています。かなり前のことで、家族の記憶ははっきりしませんが、その頃葛理が家を空けた記憶はないので、遅くても九時にはリビングに降りてきたのではないか、と言っています」
 家族の言葉に誤りがなければ、こちらも彼女の犯行は困難だ。
「乙部のアリバイは? うちの事件の時の」
「ありません」
 山浦に答える。
「予備校の入室管理コンピューターの記録によれば、あすみちゃん事件の当日、自習室に三時半すぎに入り、十九時十分頃出たとあります。ですがこれはあくまで受講生カードを入口でスラッシュした時間、に過ぎません。カードをかざさなければドアが開かない類の、セキュリティの厳しい所とは違いますから、証拠にはなりません」
 予備校を抜け出してまた戻っても、こういった記録を残すことは可能だ。
「しかし、せの……いえ喜屋武警視。いくら何でも交換殺人はないだろう」
 山浦がゆっくりと顔を上げた。
「乙部はあすみちゃんを殺せるかもしれないが、葛理は専務夫人を殺せない。破綻しているじゃないか」
(そう! それはそうなんだが)
「可能性はあります」
 腕を組んで立ったまま、リュンが妹亜に代わって答えた。
「乙部と葛理以外にも交換殺人に加わっているメンバーがいるが、俺たち警察がまだ探し出せていない、というものです」
 君は警察じゃあないだろうー頓田は呟いたが誰も答えなかった。
「つまり、トリプル殺人ってこと?」
「トリプルまたはそれ以上です、ご主人様」



「…どっちの捜査本部も、乙部と葛理は『泳がせる』か。捜査相談室の立場じゃ、ハイっていうしかないからね」
「大人の義理人情には哀切漂いますなあ」
 彼らが帰った後、ことさらにうらぶれて言うリュンに、自分だって納得したわけじゃないんだからと妹亜がすねる。
「でもいいじゃない。うちがあすみちゃん事件と専務夫人事件両方に関わることを渋々でも上が認めたんだから! 皆のおかげよ」
 と頓田にも目を遣る。
「えへへ……。でもリュン君、実際何がどうなっているんだい?」
 照れたのは樹馬だ。
「これ以上複雑になったら僕の頭じゃついていけないよ。自作じゃない最新のOSが入ったパソコンで売れ筋ソフトを使うくらい簡単だったらいいんだけど。君は凄いなあ。さすが! アンさんの所でメイド修業やってるだけのことはあるよね」
「それが関係あるんでしたら、郵便柱が赤いのは、アルメニアが世界で最初のキリスト教国だから、とでも証明できそうですな」
「めいど。郵便『柱』って何?」
 樹馬の大笑いにリュンは唇を噛んだ。少しして。
「……最近同じような事件が起こってないか全国で調べてみたらどうですかね。物証あり、動機あいまい、犯行否認でアリバイなし」
 すぐに樹馬がノートパソコンを叩き始める。
「ご主人様。乙部って何で外部受験組に回ったんです?」
「は?!」
「さっき、マッシー様が教えてくださったでしょう?」
 先月の模試で乙部の第一志望は、秀慶学院大。九月の模試の申し込みでも、第一志望は秀慶となっている。
 妹亜は目を泳がせた。
「……素行か成績かが悪くて内部進学を断られたんだろう、って勝手に決めつけてたから。どうして?」
「俺は受験組じゃねえからわかりかねるんですが、乙部の成績で、秀慶ってどの程度受かる可能性あるんですかね」
「わたしは東大しか目に入ってなかったから、よくわからない」
 リュンは肩をすくめ、樹馬はさすがですねえと嘆息する。
「けどうちのすべり止めになってたくらいだから、あの成績じゃ奇跡が起きないと無理じゃないかな。マッシーどう思う?」
「うーん。秀慶どころか第二、第三志望も無謀な感じですね~。夢見てるのかなあ」
 若いうちは夢は見たいものだろうが、受験は別だ。頓田は思ったが、意外にも妹亜の見解は違った。
「受験じゃ、ごくたまにだけどその手の奇跡が起きるからね! だけどそんなに秀慶に行きたいのかな? 浪人したら高校の時の同級生が皆先輩になっちゃうのに。……で、それが事件と関係があるの? めいど?」
「納得がいかないんでね。要注意で残しておくだけのことです」
「それより、明日頼みたいことがあるんだけど。頓田さんが今日ねー」
 足が地につかない。ずっと混乱したまま。
 今までの人生、全て前提から間違っていたのかもしれない。
(いや)
 これだけは間違っていないー妻と娘たちの姿を思い描いたが、その輪郭はぼんやりとしか浮かばなかった。夢のように。



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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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