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空など飛べないと刑事は言った 5-1

 その記事は社会面の左下に収まっていた。稀に見る見事さでだ。
 すぐ上の手形詐欺の記事と右の訃報とのバランスが素晴らしい! 活字の大きさから線の太さまで、抽象画のように完璧だ。
 これほどのプロポーションは久しぶり、とフランボアは陶酔した。
 郷里に帰って来たばかりの秋に、見上げた空の飛行機雲と茶色いレンガのビル、色と比率の美しさに戦慄して以来だろうか。
 記事の形があまりに美しかったので、中身はどうでもいい、と思いたくなった。だが目で文章を追うと次第に顔を伏せる。

 疑惑の官僚変死
 九日午後五時半頃、都内S区のマンションで流通産業省職員の錦矢昇吾《しょうご》さん(三十四)が死亡しているのが発見された。
 錦矢さんは、先月から特捜が入っている、流通産業省産学協同プロジェクト事件の関係者だった。この日も担当検事が問い合わせの電話を入れたが応答がなく、連絡を受けた最寄り署の警察官がマンションの管理人と共に部屋に入り、リビングで首を吊っていた錦矢さんを発見した。搬送先の病院で死亡を確認、警察では自殺と事件の双方から調べている。
 錦矢さんは生前、企業からの金銭の授受も情報漏洩についても否定していたという。
 

 背筋が震えた。
 ネットやテレビのニュースを見ても、今日は他に殺人らしき事件はない。月音が成功した「試食」はこれだろう。
 昼間の空いた電車の中、折った新聞を握る手に知らず力が入る。恐い。
 がぶがぶが指定し、月音が殺したのが暴力団に恨みを買っていた会社役員。百太が指定し、再び月音が殺したのが外国企業の産業スパイだったとかいうエリート官僚。
 フランボアが「三月うさぎの試食会」に参加することを決意したのは、ただ自分のためだ。
 ほんのちっぽけな、みじめなあたしのため。

 小さい頃、この子は飛び跳ねてばかりいると言われた。「青空に向ってジャンプ!」なんてクサイセリフを口にしてしまって、クラスの女の子に馬鹿じゃねーのと笑われた。それっきり人前で飛び跳ねるのは止めた。確か、高一の時だ。
 それでも変わらず、ぴょんぴょんと弾むように人生を送っていた。
 そんな時間は、もう戻らない。
 あの事件さえなければ。
 土蜘蛛という警備員さえいなければ、あれは起きなかった。だから復讐した。
 当然だと思ったのに、今、フランボアは恐くてたまらない。
 仲間だった「三月うさぎの試食会」のメンバーたちも、今では得体が知れない。
 「ターゲット」を始末してもらったくせに、さっさと「喰い逃げ」たシュミット。
 シュミットの代わりにと平然と二度目の「試食」を実行した月音。一度人を手にかけて、どうしてそんな気になれる? 自分はもうー
 偉そうに理屈ばかり言って、人をこき使うだけの百太。フランボアは、彼もシュミットと同じで食い逃げるつもりではと疑っている。
 最悪なのは、余計なことをしてヤクザと警察に目を付けられたがぶがぶ。試食すればいいだけなのに、女の子の下着まで脱がせて、気持ち悪い! 
 彼らのうちの誰と誰が、何者なのか?
 ヤクザとか贈収賄とか、そんな世界、フランボアは知らない。関わりたくない。
 半ば無意識でのろのろと駅に降り立つ。
 外気は暑さで歪み、走り去る列車の向こう、フランボアは見覚えのある顔を見つけた。
(!)
 列車は行き過ぎ、もう一度視線を流すと、今度は反対ホームのどこにもその顔は見つけられなかった。
 少女は睨んでいた。
 目が飛び出して、首に赤い跡を残した女の子。
 あの子は自分が殺した。


「……ニュースって言えば知ってる? 東京の公園で女の子が殺されたアレ、犯人が元警官だからって事件をもみ消そうとしてるんだって?  信じられないよね。あ、もう着いたんだ。じゃあまた!」
 ショッピングセンターは騒がしさに満ちている。携帯を抱えて話していたフランボアは、素早く辺りを見回すとエスカレーターで移動した。さりげなさを装い、だが度々びくっと振り返る。
 警察は都道府県別で、県境を越えると捜査情報は行き届かない。百太が言っていた。だから電車で遠出して、隣の県に入って工作している。
(あたしだって、これくらい出来るんだから!)

『あの子、駄目だね』

 かつて、聞いてしまった言葉が蘇る。
 ストーカーは逮捕された。
 裁判で奴は頭がおかしかったこと、それでも責任能力はあるー当たり前だ。大企業の営業としてかなりの成果を挙げていたくらいだからーと認定された。だが裁判のほとんどはフランボアについてではなかった。
 その人を、奴はメッタ裂きにした。
 てっきり死体だと思ったー発見者が言ったセリフだ。
 被害者は一命を取り止めたが、文字通りそれだけ、とマスコミは続報しない。裁判傍聴中、フランボアは被害者がベットから起き上がった話をとうとう聞かなかった。
 回りは言った。
『あなたはよかったじゃない。体に被害はなかったんだから』
『家に入られただけなんでしょ?』
 冗談ではない。知らぬ間に自分の荷物が荒らされ、一人で住む部屋に勝手に入られ、電話やメールで自分が奴と出かけることになっているから、と知らぬ間に約束をキャンセルされるーそんな毎日があなたたちにわかるのか!!
『ストーカー終わったんだろう。だったら仕事の気がないだけか。駄目だな』

 エスカレーター横のベンチに座る中年女は、卵のようにウエストが膨らんでいる。昨日のデパートにもこういうお腹の女が居なかっただろうか。ジーンズショップで白いTシャツの男が服を眺めているが、昼前アルバイト先を出た時にも、白いシャツ姿がちらりと見えなかっただろうか。背後を仰げば、紺のスーツの男性が歩いていくのが小さく見える。さっきの電車の座席にもスーツ姿がー
(わかってるって! スーツの人なんてどこにでも居るの、当たり前だって)
 エスカレーターを降りきった横にアイスクリームショップが見えた。透明なケースの下に、クリームやチョコレート色にミントグリーンのアイス。あのチェーン店はドイツ系で少し味がしつこいーフランボアはあっと気付いた。
 あの日、自分はイタリアンジェラートの店に寄るのを忘れていた!!
 色とりどりのアイスがフランボアを誘ったが、二秒後、ぷいと背を向けた。あの時食べ忘れたのに、そう好きでもないドイツ系をここで食べる気にはならない。猛烈な悔しさが胸に渦巻いていた。



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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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