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空など飛べないと刑事は言った 6-1


 翌朝。二日酔いのためリュンの目覚めは悪かった。
 「ゴッドファーザー・愛のテーマ」を時計を探って止める。頭がまだ少し痛い。寝る前に一杯あおったトルコ産ワインが響いているらしい。
 時々保護者としてこの二LDKを家庭訪問をする妹亜は、アルコール類は全て取り上げるが、トルコ産だけは見逃してくれる。昨夜、酒を飲むと余計頭の働きが落ちるのでは? としばらく考えたが、男は細かいことにはこだわらない! と一気飲みしてベットにもぐった。
 ベットサイドの電話の留守電ランプが点いている。物憂く頭を振って手を延ばし、音量を通常に戻してメッセージを聞く。滅多になく緊張が伝わる妹亜の早口に眠気が吹き飛んだ。
「おはようめいど。今朝は出勤不要。好きな時間に家の仕事を始めて。大変なことが起こったの。これから出勤。余裕があったらメール送る。ニュースチェックした方が早いかもね。行ってきます!」
 時間は午前二時過ぎ。紺の星が散った柄のパジャマでベットから這い出し、携帯のメールをチェックする。
(!!)
 一気に青ざめた。


 じいちゃんはレコードのコレクションを持っていた。がぶがぶはジャズだと思っていたが、兄はクラシックだと言っ張った。どちらが本当かは祖父もとっくに他界した今ではわからない。
「どうして、こんなことになってしまったんだ」
 思い出したのは、父が「壊れたレコード状態」でつぶやき続けたからだ。
「ママと知りあったのは高校の部活だったんだ。わたしは男子テニス部、ママは女子テニスで一級下。付き合い出したのはわたしが高三の時だ。大学に行っても付き合い続けて、ママの大学卒業と同時に婚約した。結婚はその次の春だ。わたしはさっさと夫婦になりたかったんだが、ママが春が良いって言ってね。暖かい時に一緒になったら暖かい家庭が作れるような気がするからって」
 葬儀屋の事務所は広く明るかった。使い込まれているがよく磨かれた黒いソファーに、がぶがぶは父親と並んで座っていた。書類棚に遮られて葬儀社の職員の姿は見えない。
「その通り、ママはわたしを幸せにしてくれた。なのにわたしが恩を返すことも出来ないうちに……どうしてこんなことになってしまったんだ」
(おれのせいだ……父さん)
 ヤクザの仕業に違いない。
 狙われたのは自分だ。なのにー
 昨夜自宅が全焼した。
 深夜、父が携帯へかけた電話で目が覚めたとたん、強いきな臭さを感じた。階段はもう使えないから庭へ飛び降りろー父の言葉に従い二階の窓から飛び降りた。その時には既に隣の兄の部屋は窓も炎に包まれていた。
 意外と簡単に夜の庭に落ちた自分に、父が抱きつく。
『ママがまだ出て来てないんだ』
 兄の携帯に反応がなかったので、どんな手段を使ってでも助け出すと家の中に戻ったという。
 数十分後、兄も母も消防士に助けられたが、母は病院に着いて間もなく死亡した。
 兄の意識はまだ戻らない。戻っても前と同じ生活は出来ないと医者に言われている。
「父さん………おれ、大学もういいよ。働くから」
 幼稚園から付属に通い、両親の母校、秀慶学院大学に行くのは当たり前のことだった。
 大学に行かなかったら破滅で、浪人生など人生の落後者。それなのに成績での足切りで内部進学から外れされた。誰かが落ちるのは知っていたが、自分がとは思ってもみなかった。
 友人たちは大げさに同情し、かつ一歩引いた。それはがぶがぶが落後者に墜ちたからだと痛感するだけだった。
 そんな時、C組の中丸が外部受験を止めたことを知った。クラスでよくしゃべった男が中丸と同じ合唱部で、春頃には彼は秀慶にはない医学部を外部受験をすると聞いた。かなり成績が良いからいけるのでは、という話だったのに。
 足切りされた生徒の中では、がぶがぶの成績は上位だった。奴がおとなしく外部に行ってくれれば、自分は秀慶に行けたかもしれない。それを、医学とは縁もゆかりもない法学部に内部進学を決めやがってー
 「人を殺したい人の掲示板」の常連だった頃は、事実無根の悪口を言いふらしたクラスの女子を殺したかった。次は喫煙を教師に通報した―証拠もないので逃げ切ったが―駅のそば屋のパートのおばちゃんを、それからグループから抜けた同級生を……。何人目かのそして最終的な目標が中丸だった。
 奴はがぶがぶの人生を破壊した真犯人そのものだった。
 だが予備校に通うようになって、がぶがぶは今までとは違った色々な人間と出会った。就職して数年お金を貯めてやっと受験生になれたと元気一杯の友人や、カウンセラーになりたくなって初めて大学に行くことを考えたという女の子。
 秀慶の生徒ほど金持ちの家には生まれなかったかもしれないけど、希望も不安もたくさんある、ごく普通の連中。人間のクズでも落後者でもなかった。
 数ヶ月受験生をやってみて、勉強は好きではないと実感した。秀慶の友人たちのように大学で遊んで過ごせたら楽しいだろうが、そうしなくてもいい。
(まして今、うちには何もなくなったんだから……)
 口うるさいが旨い飯を作ってくれた母がいなくなった。
 真面目でお人よしで、夜、家を抜け出そうとすると説教しながらもかばってくれた兄とは、再び話せるかどうかもわからない。
 生まれた時から住んでいた家は焼けてしまった。ゲームも服も全部なくなった。
「久仁和! 頼むからそんなこと言わないでくれ!」
 父は両腕を握って体全体をゆすぶった。がぶがぶは色のない目で父親を見上げる。
「兄さんにいくらかかるかわかんねえんだろ?。おれ、就職するからさ」
「頼むからっ!」
「…家のローン、まだ払ってたんじゃなかったっけ?」
「それもパパが何とかするから。わたしが頑張って働くから! おまえは受
験勉強に専念してくれていんだよ!」
(何とかって何するんだよ)
 震える父の語尾にがぶがぶはますますうつむく。
「秀慶じゃなくてもいいから」
(馬鹿じゃねえのかよ)
「……わたしは高校時代ママに会えて幸せだった。今も続いているいい仲間とも友だちになれた。ママは中学、パパは高校で秀慶に入ったけどお互い受験が大変だったから、お前には楽してもらいたくて幼稚園から入れたんだ。だけど、進学を止めるなんて、そんなことだけは言わないでくれ!」
 決意はもう決まっている。
 それでもすすり泣くような父の声とその目には逆らえなかった。うん、という形にうなずいてまた深く視線を落とす。
 父には申し訳がないが、もう自分が進学することはない。
(自首しよう)
 と書類棚の陰から葬儀社の中年女がひょいと首を出した。
「あの、警察の方が見えていらっしゃいますけど」
 その時にはもう頓田が、ヒールの音を響かせる若い女と一緒に姿を見せていた。この度は、との挨拶も言い終わらないうちに父は頓田に喰らい付いた。
「ふざけるな! 女房を返せっ!」



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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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