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空など飛べないと刑事は言った 6-3

 はちきれそうなほど、縁まで水を張った茶碗。
 一滴の水でこぼれ出しそうで、けれどぷるりと震えたまま空に向かって身を張り続ける。
 妹亜は、頓田にはそんな風に見えた。
 乙部親子の所から戻った二人は各捜査本部に頭を下げて回った。専務夫人事件の等々力警視は、冷たい目を流したきり報告する頓田たちを黙殺した。
『どうする気だね。人一人死んだんだぞ』
 あすみちゃん事件の山浦警視は説教を垂れ流した。頃合いを見て戻ろうと目で合図をしたが、妹亜は気付かず罵詈雑言を聞き続ける。「このハゲ!」と言う不条理かつ事実に反する罵りにも唇を噛み続けたのが頓田の限界だった。遠慮しつつ妹亜の黒いスーツの腕に手を添え、山浦に礼をすると半ば引っ張って捜査相談室に戻った。

 事情聴取に呼ばれてリュンがやって来たのは、午前十時前。
 白いシャツに黒のシンプルなズボンの制服めいた姿。メイド服でないとどこか違和感を覚えるようになった自分に、頓田は小さく嘆息する。
「チョコレートクッキーは受講生ラウンジを入って右手にありました。机の上にダンボールが置いてあったんです。前にも何度か別の試供品が置かれてましたので、俺も全く疑いませんでした。出がけの四時半過ぎに見た時には、箱には半分より少し多く残ってました。女の子はほとんどの子が取ってきましたが、男は余りとってなかったですな。俺は二個取りましたが」
「何で二個も?」
「ご主人様の分もです。頓田さんも欲しかったんですかい?」
 頓田は無言で返し、樹馬が僕は欲しかったなあと小さくつぶやいた。
「乙部君の供述と矛盾はないわね」
 妹亜は抑揚のない声で説明を始める。気遣わし気なリュンの視線を避けるように、伏せたままで。
「彼はチョコは溶けそうだから取らなかったと思うって言ってた。それで、リュンくんから出してもらったクッキーは、二つとも異常はなかった。袋も開けられてないし、中もいじられてない。リュン君のだけじゃなくて、残りのクッキーも異常はなかった」
 予備校各校に残っていたクッキーと、連絡のついた者から任意に提出を受けた多くのクッキーを鑑識で調べたが、睡眠薬が混入されていたのは乙部のバッグに入れられた物だけ。
「あのクッキー、実は試供品じゃなかった」
 問合せたメーカーはそんな話は知らないと言った。調べると乙部の通うM町校にメーカーの営業を名乗る男から電話があり、予備校本部と折衝の上、M町校を含む二十三区内四校に「試供品」を受け入れることにしたという。試供品提供はよくあるので疑問は持たなかったそうだ。
 各予備校に届けられた計四つの箱は、ロット番号からここ二、三週間の間に都内に卸されたものだと判明した。小売店から盗まれたもののようで、放火事件の捜査本部で調べている。男の使った電話番号等は全て偽装で跡はたどれなかった。
「捜査本部ならすぐに見つけるでしょう」
 ぽつり。
 妹亜のつぶやきに男三人がそっと彼女を見る。
「頓田さん頼める?」
 言われ、クッキーを乙部のバッグに入れた男についてリュンに尋ねた。
「……普通のサラリーマンとしか言いようがありませんがね……」
 ダークグレーのスーツに、ネクタイも濃紺か何かの濃い色。背は自分より低く百七十を少し切るくらいか。太ってはいなかったし……
「やせぎすかね?」
 リュンの動きが止まった。
「どうしたんだい?」
 少しばかり考えてから返してきた。
「……細身、でした」
 顔についても覚えていないに等しいという。
「改札前でちらりと振り返ったのを見ただけですから。外国人風ではなかったですし、色黒でもなかったと思う。すごく濃い顔でもなかったんじゃねえかと……」
 「主人」同様に顔を伏せていく。
「済いません。役に立てませんで」
「そんなことはない。わたしなんて顔どころか姿一つ確認出来なかったんだから。たいしたもんだ」
 助かった、と言っても彼の表情は晴れない。
「めいど、ありがとう。君の証言は書類に上げて捜査本部に回しとくから」
 書類を打つのも本部に届けるのも頓田だが。今日はむしろ、それぐらいしか出来ないのが嫌になる。
「注文のアレ、買ってきた?」
「はい」
 リュンがポリ袋から出して机上に置いたのは、今日発売の週刊誌。

『警察腐敗! エリート美女警視が企む真相隠滅。元警視庁巡査長の憎むべき幼女惨殺は見逃されるのか?!』

(警視は可愛らしいが「美女」は無理……ではなくて!)
 頓田は暗澹とした。
 警察内でも目立たないーというか有っても無くてもどうでもいいほど存在感のないー捜査相談室を、外部からしたり顔で批判するのは何故だ?
 ネットでも、捜査相談室がかなり叩かれている、と妹亜は抑揚なく言った。
「アンさん? ネットになんて根拠のない悪口だの誹謗だの中傷だの言いがかりだの大嘘付きのコンコンチキチキだのいくらでも転がってるんです」
 気にしていたら体が幾つあっても、と樹馬が口を出すが、妹亜は力なく顔を上げて苦笑するだけだ。しかも妹亜は曖昧な表情を作るのが苦手なようで、泣き出す前のようなそれに頓田は焦燥にかられる。
「上は気にしたみたいよ。捜査相談室はあすみちゃん事件から手を引くように、って言われた」
「!」
 では、清水の舞台から三回飛び降りるほどの勇気を振り絞り、組織の中でのコストも払ってやっと乙部や葛理に迫ってきた自分は? そしてこの警視はー
「それは無いんじゃないんですかい?! 乙部を見つけ出したのは頓田様です。それを指揮してきたのがご主人様。捜査本部は警護どころか何もしてやいないのに、難癖つけてくる権利なんかあるんですかい?!」
「組織じゃ誰かが責任を取るもんなのよ」
「責任も何もないでしょう? 人が死んだらもう何も出来ないんだから」
 ドンッ! 考えるより前に掌で机を叩いていた。
「鳳羽君! 止めろ! 今は君が何か言うべき時じゃない」
 妹亜の後ろに立った樹馬が息を飲む。
「いいのよ頓田さん。リュン君の言うことは間違ってない。犠牲者が出ちゃったら、取り返しはつかない」
「……」
 窒息したような顔の樹馬、苦く目を背けるリュン。
「取れようが取れなかろうが、責任を取るのがわたしのポジションなの。わかった? めいど?」



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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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