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ピンクのイルカが夢を見た 1-10

「マーメイドティアーズはまつみの行方不明にかかわっていると思うか?」
 一分後。
「そう、思います」
「……まつみが信者だった可能性は?」
「まさか!」
 十五秒後。
「……でも、わかりません」
 本の山に目を落とす。
「だとしても、先輩がどうして出ていったかは不明なままです。私が調べたところでは、マーメイドは未成年を家出させて、いわゆる出家状態にさせたことはないんです」

 『問題はイルカです』

 前に梨々香が先生たちに言った通りだ。
 電話の主が人魚の涙系の会社の所属で、そのシンボルがイルカ。
 まつみはその講師に、イルカのように泳ぎたいと一生懸命水泳を習っていた。おまけに教団ではイルカも崇めたてまつっているらしい。控えめな笑顔のあの子は、人魚様やらイルカ様やらの変な宗教を信じて姿を消したのか?

『夢……って……?』
『ほら、イルカを見たいとか……そういうの』

(だけど、例えたってことは、夢そのものとは違う)
 それなら何がまつみの夢なのか? そのために出ていったというのか。

 本を重ねるのを手伝ってから去ろうとした有人に、梨々果は抑えた声で言った。
「先輩。まつみ先輩、生きてるでしょうか」
「…梨々果ちゃん」
「ひと月近くになります。私調べたんですけど、行方不明って長くなれば長くなるほど、死亡してる割合が―っ!」
 びくりと目を丸くしたのは、有人の手が両肩を握ったからだ。
 大きな音を立て、彼女の腕の本が再び談話室の床に散ったことも気にしなかった。
「まつみが無事戻ってくる可能性はたくさんあるだろ? な?」
 怯えたように梨々果はうなずく。
「だったらそんなことは言わないでくれ。考えるのは勝手だ。けど……言いたきゃないけどオレ恐がりなんだよ! だから頼むっ!!……」
(まつみ。早く戻ってきてくれ)
 背後で暗い鯨が大きな口を開ける。このままでは自分はこの怪物に飲み込まれてしまう。
 同時に懐かしい匂い、食材の湿った香気が鼻の奥をくすぐった。一瞬の幻。


 有人くんが松法さんを探したいと思うのには、クラスメートが心配だから、という以外の理由はあるのかい?

『うん。ある』

 家に戻った時父に正直に答えた。
 後から届いたメール。
 
〉だったらなおさら、一番大事なのは松法さんの安全と幸せだということを、忘れないようにしなさい。


                 

 弓を打ち起こす。
 両手が頭上に上がったところで首を正面から左、射場に向ける。道場脇の銀杏の緑が目に流れる。少し引き分けた後は胸で弓を割るように一気に開く。
 引くのではなく弓は開くものとの教えは、三年の間に、学食のオムライスのケチャップのようにたっぷりと身に付いている。
 開き出した時から、まつみのことが慶の頭から抜けた。
 左肘は的に、右は裏的―反対側へ。それぞれじりじりと強い力を感じる。左手の先には白い的。中央には漆黒の丸。指す矢尻は鈍い銀色。
 当てよう、とは考えない。
 弓を離そう、とも考えない。
 パシュッ!
(あ……)
 右手が離れると矢は黒丸の外、的の枠近くを突き破って止まった。
「よく当たってるな」
 放課後の自主練習。記録をつけていた慶に部長の守谷《もりや》が近づいてきた。
「でもそろそろ止めとけよ。早気《はやけ》になりかけてる」
「……」
「会《かい》の粘りが売りのおまえが」
 慶は表情を消す。
 弓の良いところは引く人間の内側が全部形になって見えることだ。臆病になっているか、当たりを焦っているか、一緒に練習している部員にならまして手に取るようにわかる。弓を禅だのと結びつける人もいるそうで、慶は宗教めいたものは好きではないがわかる気はする。
(宗教……)

 有人がその場でマーメイドに準会員入会したと聞いた時、初め慶は笑い下した。が潜入のつもりでと言われてはっとした。
『怪しいと思わなかったのかよ』
『い、いや。……人魚だイルカだとかはともかく、普通の環境団体じゃん。融通効かなそうで嫌だけど。頑張るのはいいことだよ。だけどああいう運動をする人って、自分が向上しようとしないで社会に責任押し付けて文句言ってる怠け者ってだけじゃん』
『じゃあ慶君一人で、地球温暖化を防げるって言うのぉ?』
『それは科学者がやる仕事じゃないのかな? プロってのはだから必要なんだよ!』
 羽美子にそう返し、有人が大きくうなずいたのを覚えている。
 後から思い出した。まつみは春頃から環境に興味があるらしきことを言いだしていた。箸を持ち歩くようになり、例の映画の後のケンカもゴミ分別絡みだった。 
『またイルカだぜ。これが偶然と思えるかよ!』
 机を叩いた有人の厳しい顔を思い出す。
 弓を最大限に保ったまま無念無想で離れるのを待つ「会」は、慶の好きなポジションだ。だがその得意な部分が崩れかけている。
 放っておいたらろくに的を狙えず脅えで矢を放つようになってしまうかもしれない。
「あーあ、守屋の言う通り! 止めとこ止めとこ! コーヒーにでもするか」
 休憩室に入りブラックコーヒーの缶を手にする。
 ぽん。後ろから守屋が肩に手を置いた。それだけで泣き出しそうだった。
 だが男は決して泣いたりしてはいけない。


 暦は七月に変わり、失踪からはひと月を過ぎた。
 四人は再び校舎最上階のフリーフロアに集められた。だが呼び出し主は前と違った。



 目次 

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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