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空など飛べないと刑事は言った 8-3

 矢辻若警視監に会うのは初めてだった。
 確か五十台前半だが恰幅はそれほど良くはなく、かといってひょろついている訳でもない。近づくと、黒々とした髪の中に、わずかな白いものが見える。
 執務室の肘掛け付き椅子に構えるこの男に、頓田は理由もなく距離を置きたくなった。一歩下がりながら馴染みの無い感覚に戸惑う。
「喜屋武君から頼まれてな。指示しといたから。ははは」
 頓田は本日夕方の打合せから、山浦警視率いる「あすみちゃん殺害事件」捜査本部に合流するー矢辻若は言った。願ってもないことだが、
(喜屋武警視……。こんな大物に頼んでどうするんですかっ!!)
 少年野球チームへの参加を、大リーグのスカウトに相談するようなものだ。
 妹亜は見るからに参っているという状態からは回復しているようで、ほっとはしたが。
「事件の推移には興味がない」
 との矢辻若の言葉を受け、妹亜が話し出す。
「小倉笑加の事件は知ってる?」
 パソコンのモニターで写真を見せられ、ようやくわかった。
「芸能人みたいなコンサルタントの殺害事件ですね。ワイドショーを聞き流したくらいですが」
 こくりとうなずく。
「美人のね」
 首を傾げた、のと同時に矢辻若が大きく笑った。
「やはりそうだろう、喜屋武君?! 頓田君、君はこの女を『美人』だと思うかね?」
「…綺麗にしているとは思いますが、美人とは、違うように思います」
 雑誌から抜け出したようなファッションはそれ。
 妹亜が美人の部類には入らないように、この女も違う。
「……完璧だと思いますけど」
 遠慮がちに小首を傾げる妹亜。
「若い人たちがそう言うのが、わからんな。私に言わせれば、喜屋武君の方がよっぽど美人だよ」
「からかわないでくださいっ!」
 妹亜は少し尖った声で答え、だがすぐに頓田に向き直って淡々と説明する。
「発端は午後八時三十八分。小倉の婚約者で、宝石デザイナーの門倉《かどくら》氏」

 昨日午前十一時三十五分、小倉笑加はただ一人の秘書兼事務員に、
『ランチの後マーケティングに行く』
 と声をかけて事務所を出た。
 午後三時半頃、取材を約束していた女性誌の記者から小倉が来ないと連絡があった。秘書は小倉の携帯に電話したが留守メッセージが流れるだけ。その携帯は事務所の引き出しに置き去りにされていたことが、後からわかった。
 午後四時に予約していたクライアントが来ても、小倉とは依然連絡が取れなかった。雑誌記者にもクライアントにも急病と謝って済ませたが、夜になっても帰って来ないのに動揺し出した。笑加は気難しい質で、許可なく帰ったら後が恐い、というのもあったらしい。
 今迄に連絡が取れなくなったことは無く、心配もして、午後八時過ぎに緊急連絡先と教えられていた門倉に電話した。
 事情を聞いて飛んで来た彼は、すぐに事務所近くの警察署に相談した。
 一方名古屋郊外のマンションで遺体を発見したのは、男子中学生グループだった。どうやら隠れて飲酒するのが目的で屋上へ入り込んだらしい。住人の子どもたちなら知っている隠し場所から合い鍵を取り、屋上に上がったところで仰天して通報してきたのが、午後七時過ぎ。
 門倉は警察から体格の似た愛知の遺体について聞かされ、昨夜のうちに足を運んで婚約者の小倉笑加だと確認した。
(それが何の関係が)
 戸惑いを読んだように妹亜が言った。
「小倉笑加が発見されたのは、『月音』が居住するマンションの屋上なの」
 妹亜は今までに解明した「三月うさぎの試食会」メンバーの情報を示した。

 月音 芳岩真司《よしいわしんじ》の妻・ふゆみ(主婦・四十二)か
    息子・幾斗《いくと》(高校生・十七) 愛知
 がぶがぶ 乙部久仁和(予備校生・十八) 東京
 フランボア 葛理はゆら(アルバイト・二十三) 福岡
 シュミット 祝重雄《いわいしげお》(農業・四十三)か
       娘・梓《あずさ》(中学生・十五) 長野
 百太 依然として不明 都内? 

 月音のプロバイダーの名義は四十代の会社員。だがそのアドレスは彼の勤務中も、自宅から使われている。妻か息子のどちらかが月音なのだろう。
「それに服装がね。……あ、知らないのか」
 首を傾げた頓田に言う。
「小倉が発見された時の服装は、スーツにワイシャツ。ネクタイを締めて鬘までかぶった男装だった。何故だかね」
 雷に打たれたような気がした。
「リュン君から聞いてる。例のクッキーを投げ込んだ『男』の逃げたスーパーに行って、従業員トイレを調べさせたんでしょ」
 頓田は鑑識に、男子便所のみならず女性用も調べるよう言付けた。リュンに言われて。

『女の人が男装してた可能性もありますし、逆に、男が女装して逃げ出したことも考えられるんですぜ』
 
 女子便所奥の個室から、手袋に使われていると思われる繊維が発見された。それは今回、小倉が死亡した団地の屋上で発見されたものと、同一製品のものと推定されるー
「リュン君はまた探偵ごっこをしているのかね」
 矢辻若がのんびり口を挟んだ。
「ごっこというか、わたしから頼みまして……彼の洞察力は、わたしたち本職の人間も看過出来ないものがある、と思うので捜査協力者として関わってもらっているのですが……済みません」
「火傷しない程度なら構わんよ。……あの子の両親は可哀相なことだった。私はトルコ警察の検視結果を見ているが、二人とも至近距離からの射殺だ。あの子はどうもそれを見ていたらしい」
 リュンの父親のヴァイオリニストとは長年の友人だった、と矢辻若は場違いなまでの感傷を見せた。その話に興味は無くはないが今は事件を、と妹亜を見るとうなずいた。
「小倉は、乙部邸の放火殺人に深く関わっていた可能性がある」
 なんてものじゃない。あの華やかな女は放火殺人犯、だったのかもしれない!
「もう一つ。こっちはすぐにマスコミも騒ぎ出すと思うけど……小倉と、ついこの間やはり殺害された流通産業省の錦矢昇吾は、学生時代に交際していたの」
 リュンと樹馬が探し出してきた類似事件のリスト。
 流通産業省官僚の自死偽装事件も入っていたのを思い出す。
「では、あの事件も関係があると」
 足元がぐらつく。自分は空も飛べないのに、どうしたらいいのだ?
「……済まんがそろそろ私は失礼させてもらうから」
 言った矢辻若に妹亜は何度も頭を下げる。頓田も勿論平身低頭したが、彼は頓田の方など見ていなかった。
「家へ帰るだけだから心配いらん。孫の遊び相手をしなければならなくてな……あ、すまん」
「いいえ」
 瞬時に色を失った表情と、それ以上に固い妹亜の声に、頓田は悟った。
(この二人……愛人か)
 曖昧だったパズルのピースが、音を立ててはまっていく。
 高校生に異様な仮装をさせ、我が物顔で警視庁内を歩かせられる理由。
 独身の若い女性に男子高校生をぽんと預けられたのも、特別な関係ならではー
(…………)
 愛人を持つ気持ちがわからないほど、頓田は堅物ではない。
 だがそれ以上に、けじめの無い関係は生理的に受け付けない。もう少し大きくなった娘の人生に、そんな関係が乱入したならー
 猛烈な嫌悪感が頓田を襲った。 



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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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