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空など飛べないと刑事は言った 10-4

 月音は見た。
 男が煙草を街路樹脇に落として立ち上がる。吸い殻を踏みつぶすと、何気ない調子で歩き出した。押し合う群れに割り込む時、彼の右手は上着の中に入った。
 その意味が、月音にはわかった。
(それはぼくの仕事だ!)
 分け入る男の強引さに野次馬が顔をしかめ、カメラが一つ、倒れかけては支えられた。
(させるか!)
 リュンはバッグから包丁を抜き出すと群れの頭ごしに投げた。
 

 正午。
 包丁は綺麗な放物線を描いて月音が狙った男の前に落ちた。一瞬、男の足が止まった。その秒単位の遅れが事態を大きく変えた。
 目の前に刃物を持った中年男が立っていることに気付いて門倉は目を見張り、警官は叫びを挙げて男に組み付いた。一人、また一人。光る灰色の床に崩れ落ちた警官は腕を抑えてうめいたが、同僚たちはひるまず男に立ち向かった。
 野次馬は悲鳴と共に引き、記者たちだけがベストポジションを狙って微妙な距離で駆け回る。その隙に従業員がドアから顔を出し、門倉を店へと誘導する。
 警官たちが男に手錠をかける前に、門倉は奥まった場所にある店のドアへ姿を消した。
 目の前の傷害劇に興奮する群れを離れ、月音が後を追った。
 

「芳岩が門倉を追いました。確保します!」
 がなり立てる電話を無視し、樹馬にリュンを頼んで頓田は外に飛び出した。建物に沿って素早く奥に向かう。


「どうぞ。入りたまえ」
 振り向いて、門倉が声をかけた。
 イエローとロイヤルブルーの服を着た少年は、ドアから入った所で一瞬目を丸くした。だが広々とした店に似つかわしい、落ち着いた足取りで中に入って来る。
 目を見張る従業員に、門倉は警察への通報とドアの施錠、ショーウインドウにシェードを下げることを小声で指示する。ベージュのスクリーンが降りて街路から店内が見えなくなり、店員が通報のため外に出ようとした時、
「!」
 目の前に警察手帳が突き出された。

 頓田が店内に入ると、店員が後ろ手にドアの鍵を締める。売場に進もうとすると、店の奥から門倉が手で合図して抑えた。
(何を考えている)
 それでもドア横で止まった頓田の耳に、門倉の静かな声が聞こえてきた。


「君が『月音』君だね」
 月音はうなずいた。
「知っているだろうが、わたしは小倉笑加の婚約者だ。その服は笑加の物だから、返してくれ」
 着替えなら自分のを貸すと低い声で言う。
「嫌だ」
「返しなさい。君にはそれを着る資格などない」
(なっ!)
「そこまでにあいつがどれだけ努力をしたか、君は知らないだろう」
 見下す口調が勘に障る。
「マスコミでは華やかな所ばかり目立つけど、笑加は眠る間も惜しんで、人が遊んでいる時も勉強して、周りの人間に絶対無理だと言われた資格も取って事業を広げてきた。そうしてやっと……」
 声が震える。
「……その服にふさわしい収入をあげられるようになったんだ」
(ああこの人、百太さんの服が高いって言いたいだけなんだ)
 自分はこの色もデザインもとても好きだ。何よりも着ごこちがいい。
 フィアンセだというこの男には、肝心なことが見えていない。
「これはもらったんだ」
「嘘をつけ!」 
(百太さんの「仕事」を継いだのはぼく。百太さんの残した鍵を引き取ったんだから、もらったのと同じだ)
 口をついて出た言葉を後から自分に説明する。一方、門倉が怒りを抑えているのは明白にわかった。
「左手の商品を見てくれないか」
 揃えた手で示す。
「その棚は全部わたしのデザインだ。どう思う?」
 髑髏や蛇の絡む銀の細工に、赤や水色、黄と様々な色の大ぶりの石が嵌め込んである。
「気持ち悪い」
 正直に答える。門倉は小さく笑ってうなずいた。初めて見たこの男の笑顔だった。
「ほとんどの人がそう言うよ。だけどほんの少しの人が、わたしのデザインを気に入って喜んで身に付けてくれるんだ。例えば俳優のー」
 と挙げた名前はその方面に疎い月音でも知っていて、また不愉快になった。
「わたしは医者の息子だけれど、医者には成れなかった。成績が悪かったし、もし頭が良かったとしても、ああいう仕事には向いていない。親はそれなら経営を勉強しろと言った。だがわたしは金勘定がさっぱり出来ない。この店のことも笑加にコンサルを頼んでいた。部屋を借りることから何から、こうすれば得をするからとわたしにはわからない複雑なシステムを使っていた。これからどうすればいいのかー」
 額を押えてから続ける。
「そんなわたしにも、こういう仕事は出来る」
 軽く店内を見回す。
「それが笑加の夢だった」
 少数の人にぴったり喜んでもらえるものを、得意な人が作って渡す。そういった小さな拠点を繋いだネットワークが無限に広がったらー
「そのために、笑加はたくさんの起業家をサポートしようとした。わたしもまたその一員として、笑加の夢の実現に一役買っていたつもりだ」
 目がすっと細まり、頬がゆるむ。月音ですら胸が痛くなる表情だった。
「性別も年齢も関係ない。君みたいな高校生でも、どんな言葉を話すどこの国の人でも……世界中に。あいつはビジネスに対しては厳しかったから、顧客にきついことも言っただろう。目的のために手段を選ばないところもあって、それが今回、とんでもない過ちに繋がった。だけど、それでも」
 震える唇が開いては閉じる。
「笑加は、自分の夢に向かって懸命に生きていたんだ!」
 ざっと顔を上げる。
「それを……『月音』君。なぜ笑加を殺した?!」
 殺した?
 脳裏に白い屋上で動かなくなった百太の顔がフラッシュする。
「君は笑加と同じプランを実行する仲間だったんだろう。笑加は犠牲者役ではなかった筈だ。なのになぜ?」
 仲間という甘い響き。この人もそれは認めているのだ。
 だけど、自分があのひとを殺した?
 猛暑の屋上、横たわるあのひとの白いシャツ。血に浸って赤黒くなったー
「『犠牲者』《ヴィクティム》にする予定の人間は逃げたのか? 君はなぜ、本来居るべきではない交換殺人の現場に行ったんだ? いったい何が起こったんだ」
 言葉が見つからない。前へ前へと進んできたのに、この男の前では声も出ない。



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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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