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空など飛べないと刑事は言った 11-5

 その時頓田は心持ち胸を反らしていた。この刑事は東京の幼児殺人の担当だと言う。あの事件の実行者「がぶがぶ」は一番最初に捕まってさっさと自白した能無しだ。逆にいえばこの刑事は、今回の連続殺人を最初に解決した男、かもしれない。
 こんな手ごわい相手に対してどう自分を守ればいい? どう嘘をつけばいいのか。
「不可能だとわかっていても、空を飛ぶ夢をあきらめることは出来ない」
「……」
「それもまた真実なのだと、私は思うよ」


『あなたの夢はなんですか?』


 テレビで聞いた「百太」の声が耳に響く。
 まだあれが百太だとは知らなかった時には、子どもじみていると思った言葉の数々が、今、重くシュミットを打ちのめした。


『あなたの夢はなんですか?』


 夢は無い。
 多くの犯罪者たちと比べ、頓田の現実は恵まれている。刑事は楽しいとはいえないが、誰かがやるべきで、人生をかけるに値する大事な仕事だ。妻や子ども共々、衣食住不足無く平穏な毎日を送っている。夢見る必要など何もない。
 でも。
 自分は翼など無い普通の男だ。
 ただ。
 それでも空に焦がれ続ける。
 分不相応な凡人。そんな四十男がここに居る。
 全国に散る関係者を回り、頓田は東京に帰ってきた。
    

〈土蜘蛛宅にて〉 
「今の現役の連中はなっとらん。いいか?! 頓田、俺の頃はな……」
 長野の饅頭を手土産に家を訪ねた頓田に、土蜘蛛はひとしきり説教を聞かせた。
 誤認逮捕へ悪口の限りを尽くす彼に、現役刑事として頓田は丁重に頭を下げた。(無罪の可能性が大きくなるに従い、彼は起訴の期限を待たずひっそりと、早めに釈放されていた。警察が公式に無罪を宣言したのは、真犯人=乙部の逮捕後だったが)
「ああいいよ」
 ぞんざいに手を振る。
「お前は頑張ってくれたんだってな。山浦から聞いたよ。あいつの謝罪は聞けたもんじゃかったが……ありがとな」
「はい」
 両手を畳についたまま頓田は目を細めた。
 この言葉さえ聞ければ、今回の事件、もう何もいらない。
 葛理のことを話し始めるとすぐに遮られた。罵倒が炸裂する。
「ストーカーなんて真っ当な人間には寄ってこないんだ。最近はなんだかんだ言ってるが、ストーカーの相談なんぞを警察が受けるのは間違ってると思うぞ。そう思わないか頓田? どうだ?」
 頓田は見ている。葛理と同じストーカー被害者の全身血まみれの写真を。葛理の苦悩を。
 私はそちらは扱っていないのでよくわかりません、と静かに言って暇を告げた。


〈休日の捜査相談室にて〉
「君は、彼らの言葉が全くわからなかったというのか」
「はい」
 矢辻若の前には、白い紅茶カップとクッキーが載った小さな皿。普段妹亜が使っている灰色の事務机の上にだ。その前の肘掛け椅子に彼が鎮座し、リュンは事務椅子を横に引っ張ってきて座った。
「二週間近く一緒に暮らしていたんだろう。飯なぞどうしていたんだ?」
「むしろ俺が、あの人たちに言葉を教えた感じですね。朝はブレックファスト、夜はディナーって」
 彼らは今でも少し英語を覚えているのではーリュンは平淡に言った。
「彼らはトルコ語を使っていなかったのか」
「ええ」
「って君は、トルコ語がわかるのか」
「わかりません。ですが俺、旅行《ツアー》に行くときは必ず、簡単に現地の言葉を仕込んで行きましたから」
「おかしいではないか。外国人集団ということか」
「わかりません。ご存知でしょう? トルコは多民族国家ですし、俺だってあっちじゃ外国人。誰が外人でそうでないかなんて」
 西洋人風なお手上げポーズに、ブラウスの白いちょうちん袖がふわりと膨らむ。
「トルコ語は、時々は通じましたよ。『行く』がギトメッキでしたかな」
「わかるのに使わない、ならトルコ語に何らかの嫌悪感を持っている、ということだよな」
「さあ、俺にわかる訳はありませんな」
 放り投げる。
「リュン君。本当は何語だったんだ? 君なら帰って来てから調べただろう」
 迫る矢辻若にうなずく。
「色々聞いてみましたが、あの響きの言葉は探し出せませんでした」
「ということは、ごく少数の集団で使われている言語か?」
「じゃないですかね」
「旋回は彼らに習ったのか。見事なものだそうだな。学校でもやっているんだって」
 高校にも手を回していたとは暇なことだ、とそっと舌打ちする。
「あの時はさすがに……事の前後もよくは覚えていねえんですよ。カッパドキアの前、親と一緒に行った博物館でもぐるぐる回るのを見た気がしますから、それが印象に残ったのかもしれません」
 荒野で衰弱していたリュンを発見し、街近くまで連れて来てくれた「彼ら」は、ひどく警察や役人の目を恐れていた。
 だからリュンは、彼らのことを話さない。
 自分の旋回は真似事で、彼らのそれは、祈りだった。
 速さの果ての静けさ。溶ける世界の輪郭。
 真似てみたのは、集団での旋回がこの世のものと思えないほど美しかったから。
 凄まじい剣幕で怒鳴られた。彼らが怒りを見せたのは、後にも先にもこの時だけだ。
 だが長老のとりなしで特別に許可が出た。やがて彼らが並ならぬ訓練を重ねていることを知り、納得した。片足立ちの練習だけでまず何週間、らしい。
 リュンは筋が良かったようだ。だが懐かしいあの天上の旋回舞踊は、自分のとは全く違う。
「…彼らは漂泊の民のようだったかね」
「旅には慣れているようでした」
 同じだ。
 生まれながら「孤児」の自分は、頼る所もなく、彼ら同様一生をさまよい歩いて過ごすだろう。クラスメートたちのように最初から暖かい家庭があり、帰る基盤のある普通の連中とは全く違う。
 だから今は、お人よしのご主人様に恵まれた生活を、存分に楽しみたい。
「君は何もわからないというんだね」
 明らかな皮肉を放った矢辻若に、リュンは二杯目をサーブしてから言った。
「あの時父は、あなたの仕事をしていたんですか」



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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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