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空など飛べないと刑事は言った 11-7

 やわらかい笑顔の頓田に尋ねる。
「お約束は四時でしたよね……?」
 刹那に浮かんで消えた当惑の表情を、リュンは見逃さなかった。
「出来れば三時過ぎには来ておいてほしいと……電話、君からじゃなかったのか?」
 捜査相談室の「男性」からの電話を妻が受けたという。リュンはとっさの応答に迷った。
「……さすがは気配りの方ですな。聞いていないふりをした方が利口なのは確かです」
 まず皮肉を飛ばす。
「知れば知るほど、危険が増しますしな」
 あ、それは、と頭を掻き始めたところで明らかだ。心中、大きく嘆息した。
 矢辻若との会話中に多少聞こえた物音を、気にしていなかった。土日休みの部署の集まる階にも、休日出勤の人間は居るだろう、と。
 捜査相談室に近づいたところで矢辻若の声に気付き、頓田は隣の広報課へ避難した。薄い仕切りパネル一枚の向こう、筒抜けだった会話の内容に出るに出られなくなった、あたりか。
 盗み聞きを許すほど矢辻若は甘くはない。つまりー
「頓田様。矢辻若のおじさんに、気に入られたようですな」
 と伝えることを、リュンはためらった。「死刑宣告」だった。可能性としては。
 赤茶けた台地に頽れた父。知れば知るほど増す危険ー
 リュンは空を仰いだ。窓の無い捜査相談室、見えるのは白い天井パネルと蛍光灯だけ。
「頓田様、前に聞きましたよね。『空を飛びたいと思ったことはあるか』って」
 代わりに言った。
「……ああ」
 落ち着いて見返す頓田。
「あの時は、切実に思いましたよ」
 両親が射殺された時、リュンは岩窟にいた。
 人に姿を見られたがらないお客様と会うから、しっかり隠れておけと言われた。穴からそっと車の方を見ていると、ジープで男三人がやってきて、しばらく普通に話していたかと思うと急に銃を向けた。あっと思う間もなかった。
 母がこちらに首を向けようとして、父が頭を抱えるように押えた。それが彼らが動いたのを見た最後だった。
 最初は一発。続いて鋭い音が何回か響き、父も母も大地に崩れ落ちた。
 男たちはしばらく車を探っていた。両親を「物」として扱っていたので、既にどちらも死んでいるとわかった。もう一人居たのもわかっていたようで、近くの岩窟を探していたが、リュンが息を凝らしている所までは来なかった。
 最後に車のタイヤを撃ち抜き、どちらにしろ荒野からは生きて出られないだろうと判断したのか、ジープで走り去った。
 岩窟を這い出したのはかなり日が傾いてからだった。砂漠から脱出するシュミレーションはよく考えていたので、すぐにチェックを始めた。一番近い集落は、南西。来た時の車ででもかなりの距離があった。歩ける距離ではない。
 植物は遥か遠い山の向こうにしか見えない。サバイバルの最後の手段、小動物も見当たらない。人っ子一人姿は見せず、車の音もしない。
 判断はー運が良くなければ絶望、だった。
 翌日には着替えにライターで火をつけて煙を起こし、手鏡を様々な方向に向けては光の合図を出した。
 だが、空にはヘリコプターも旅客機も通らなかった。
 横切るのは大きく翼を広げる茶色い鳥の群れだけ。
「四日目の午後だったと思います。食事も水も尽きてきて、体にも力が入りませんでした。親の遺骸のそばでうずくまりながら、俺もここで死ぬのかって。実の親の顔も見ずに、俺がここにいること、いや生きてること自体知られずに死んでいくのかって……。遠くの鳥を見て……もし俺が鳥だったらここから逃げられるのにって。もし空を飛べたら……」
「……」
「父さんと母さんを、人間の姿をとどめなくなるまで置き去りになんかしなかったのに!!」
 リュンがアンカラの大使館に保護されたのは約二週間後。だが鳳羽夫妻が殺害された場所はなかなか特定出来ず、遺体が発見されたのは半年以上後だった。
「『あなたの夢は何ですか』」
 頭を抱える。
「をぐら笑果の演説文句です。ふざけるなって言うんですよ。生まれた時から実の親に捨てられて、やっと出来た親はさっさと殺されちまって、どうやって夢なんか持てって言うんだ! あの女!」
 運命だけは恨んでやる。いくら恨んでも奴は傷つきゃしない!
「……鳳羽君。君は今の警視との生活自体には満足してるんだろう」
 しばらくしてから頓田が言った。うんとうなずく。
「満足なんてもんじゃねえです。いずれは終わる……ご主人様が恋愛するか、俺が卒業するか、おそらくどちらかで終わるから……今はせめて夢のない人間同士、静かに楽しく暮らしたい、って。ご主人様のソレは錯覚なんですがな」
 ご婦人だったら、こんな時は泣けるんだろう、な。
「……だからこの格好をしてるんです。頓田様」
 パラララとエプロンののった黒いスカートの裾をアコーディオンのように広げてみせる。
「こんなどーーーしようもなく非現実的な格好をして、『ご主人様!』なんて馬鹿言ってたのって、忘れられないでしょう。一生、お互い」
 頓田は目を見開いたまま、彫像のように動きを止めた。
「……鳳羽君。君は考え違いをしている」
「……?」
「君は将来も幸せになれる。何故なら、自分で幸せを作る能力《ちから》があるからだ」
 リュンは憮然としたまま、バニエの下の開いた両足でしっかりと床を踏ん張る。
「犯罪を起こす中には、その能力が低い人間も多い。今回の乙部久仁和も……何よりあの演説の張本人が、どうしようもなくそうだろう」
 はっと何かが動く。
「…………ありがとうございます。頓田様」
 オヤジは説教がしたいもんだからなど口ごもりだした頓田に対し、再度スカートの両端をきゅっと持ち上げ、同時にこくん! と右足を一歩引いてポーズを取った。
「だから!! それは似合わないから止めろって!」



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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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