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空など飛べないと刑事は言った 11-8

 およそ三十分後。
「人聞きの悪いことを考えていたみたいね」
 喜屋武妹亜は、回転椅子を左右に揺らしながら、頓田に冷たい視線を流していた。
「わたしが好きだったのは、矢辻若警視監の息子よ」
 そう言えば、矢辻若を同級生の父親と言う縁で知った、とは言っていた。
「学内公認のカップルで、わたしはいつの間にか、卒業したらこの人と結婚するんだと思い込んでた。今思えば、馬鹿みたいな女の子の空想だったんだけど」
 度々家に遊びに行き、両親の警視監夫妻にも紹介されていたというのだから、そう非現実的ではない「夢」だったのだろうが。
「あの頃『やっくん』は、父親と同じように警察に入りたいって言ってた。ああいう立場だとは知らなかったみたい」
 少女めいた笑い方が頓田を追いつめる。
 妹亜の恋人は、警察という仕事について情熱を持って語っていた。
「わたしは将来のことなんて全く決まってなくて。何がしたいのかなんて、さっぱりわからなかった。だから彼は……とても格好良かった」
 最終学年の四年になる前の春休み、彼は突然、アルバイト先の女の子を好きになったと
言った。
「何を言ってもどうにもならなくて、フラれちゃった。……わたしが警察に入ったのはね、自分にもこれくらいは出来るんだって、見返してやりたかったら」
 公務員試験の勉強を短期間で叩き込み、何とか試験にパスしたが、
「やっくん、わたしが警察を受けたって知った途端に大慌てで辞退したのよ。まーったく! 何が『物心ついた時からの僕の夢』だか。昔の女くらいで捨てる安っぽいのが、あんたの夢だったのかって」
 仰いで明るく笑う。
「追っかけた訳じゃない。あのままじゃ、あまりにも自分がみじめだったから」
 妹亜は警察へ。彼は大手商社に就職し、妹亜と別れる原因となった女とその年のうちに結婚した。
「警視監は同情してくれてるみたいでね。警察に入ってから、何かと目をかけてくれるようになったんだ」
 そんなタマだろうか、と少々疑問に思ったが、妹亜がそう思っているのならいいとしよう。
「息子の嫁にはわたしに来て欲しかった、って言ってくれてる。今居るお嫁さんを大事にしてください、そういうことは口にしてはいけません! って説教してるんだけどね。でも、言っときますけど、わたしオヤジ趣味はないですから!」
 キッと睨まれ、瞬間肩をすくめたーそれはそれで、中年オヤジとしてはちょっと傷つくのだが。

 話に一区切りついたところで、頓田は立ち上がって深々と礼をした。
「喜屋武警視。どうも失礼なことを、申し訳ありませんでした」
「ほんっとに、失礼!」
 きゃらきゃらと笑い、少女の残り香がまた部屋に広がる。
「わたしはね。仕事はなんとかやってるけど、でも、未だにみじめなフラれ女のままなの」
 そんな目で床を見ることなどない。
「……っと、それで警視は、そういうご趣味に……」
 隣に立つ能面男、リュンの服装を見る。
「違います~っ!! わたしが『腐って』るのは昔から! やっくんをデートでイベントに連れていって、買った同人誌をぜ~んぶ持ってもらったのは、今でも忘れられない思い出だもんね~」
 うっとりと異次元を見る。
(「あの手の本」を男に持たせたんですか? 山のように?)
 だからふられた? のかはともかく。
「その……、月並みですが、喜屋武警視にも、きっとふさわしい男性が現れると存じます」
 妹亜はことさら軽く、ありがとね、と返してきた。
 効いていないのはわかっていた。ふさわしい男が居る、とは信じているが、多分に恋愛に向かない職業に就く妹亜が、遭遇出来るほど幸運だという保証はない。心にもない言葉が相手に響かないのは当然だ。この娘の幸せを望んでいるのは本心なのに、と自嘲する。
 最後に妹亜は、今回事件での頓田の活躍については自分からも上に上げた、安心するように、と話した。
 間もなく捜査本部も解散となり、その後は元の署で、傷害やら何やらを追う刑事に戻る。いったん捜査相談室に属した自分を、回りがどう扱うかはわからない。
 この元上司はそんな自分の状況を理解し、出来る範囲で助けになるかもしれない処置をとってくれたのだろう。
 ならまずは、今まで通り目の前の事件を片づけていくだけだ。
 卓越した頭脳も超人的な根性もなく、少しの経験と、組織の力をたよりに、這うように仕事をする。
 いつも届かぬ空に憧れながら。
 頓田はもう一度、深く頭を下げてから、顔を上げると意を決して、
「あの……これ」
 精一杯腕を伸ばして青い封筒を差し出した。



 夕食の席で妹亜は歓声をあげた。
「わあーっ! 翡翠麺みたい!」
 白い皿に緑の麺、上にトマトやいんげんをあしらい、麺つゆにオリーブ油とレモン汁で仕上げた自信作だ。
(で翡翠麺って何だ)
 調べておかなくてはとリュンは頭の中でメモを取る。メイド当然の仕事だ。
 この麺はあすみちゃん事件の被害者の親が、捜査本部に持ってきたと言う。

『こんな妙なソバどう食ったらいいのかわからん! 女のあんたなら使えるだろう』

 と山浦が箱ごと妹亜に押し付けたそうだが、彼でも誰でも持ち帰って妻に渡せば済む話なのだから、山浦なりの妹亜への労いなのだろう。
「三宅島名物・明日葉《あしたば》麺、だそうで。俺、初めて見ました」
「あすみちゃんって名前はアシタバから取ったんだって」
 あすみちゃんの両親は共に三宅島出身者だという。今日芽を摘んでも明日には新芽が出るほどの生命力の強さが自慢、とパッケージにあったのを思い出し、リュンは胸に動いた感情を抑えた。

 食事をしながら事件について言葉を交わしても、升形樹馬の名前が出ることはなかった。
 樹馬からは、少し前に厚みのある手紙が届いた。見るなり妹亜はぴっと指さし、

『これ、わたしの目の届かないところに仕舞っといて!』

 ただし読みたいと言ったらすぐに出せるように、との命令でリュンが預かっているが、未だに読まれていない。
「……ご主人様、今日は特製のデザートがございます。ご婦人の美容に、皮膚や髪を美しく保つビタミンB2も豊富な」
 スカートの運びも優雅に恭しくそれをテーブルに置き、蓋を外すや否やざざざーーっと後ろに退いた。
「納豆入りパンケーキでございます」
「キャーーーッ! リュン君大好き~♪」
「十年に一度の大サービスです。心して召し上がってください」
 自分には三連セットの安売りのプリンを開けながら、狂喜する妹亜を見る。
 ほとんど平らげた頃、妹亜はぽつりと言った。
「……十年後、あなたはわたしのそばには居ないよね」
 一呼吸の後。
「どこにいても、俺のご主人様への忠誠は変わりません」
 また一呼吸の後、今度は妹亜はけたたたましく笑った。
「あーい変わらず上手いんだから! 十年後は女殺しになってるね、きっと」
 納豆は匂いも嫌だろうから、パンケーキの皿は自分が洗う、と台所に立つ。
(疑い深き者、汝の名は女なり)
 男とは本当に報われない生き物だ。
「めいど~! 十月最初の日曜日、絶対空けといてね!」
 オープンカウンターからは元気な声が響く。
「はあっ?」



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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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