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空など飛べないと刑事は言った エピローグ

〈とある区民会館にて〉ーラスト・ダンスー 
「違います! 前がショパンの前奏曲ですから、今プログラムはここです。ご主人様、クラシック全然わからねえんですな」
「そんなことないって! コンサートはそれなりに行ってるけど、めいどほどじゃあね」
「そりゃ、俺はヴァイオリニストとピアニストの『息子』ですから」
 観客席、リュンと妹亜がささやいていられるのは、周りでも子どもが立ち歩き、母親たちが小声で話に花を咲かせる発表会だからだ。
「次ですぜ」
 照明の中、ゆるやかな音楽にのって女、男、女と軽やかに進み出た。
 左右に優雅に伸ばし、並んで同じ振りで回転する。ブランコが揺れるようなやさしく軽やかな踊りだ。女はそれぞれ紺とピンクの上衣に、ふわりと広がる白いスカート、男は胸の開いた茶色の上衣に白いタイツ。ヨーロッパ貴族風装束、のようだ。
 やがて飛ぶような足取りで位置を変え、まずは上手の女が男と向かい合い、手を取り、回る女の腰を男が支える。次に下手の女が同様に男と組み、残りの女は後方で左、右と笑顔でステップを踏む。
 最後に左右の女の跳躍に合わせ、中央の男もパン! と飛び上がった。
 両足を開き、女達よりひと際高く、翼のように腕を広げてー
 曲が終わり、舞台前方へ進み出た三人は、姫君に尽くすかのように恭しく片腕を下げて、レベランス《挨拶》をした。
 会場の拍手を受けるその中央は、紛れもなく頓田道二郎だった。
 リュンと妹亜は手を叩きながら顔を見合わせる。
 肩で息をしながら満面の笑顔で舞台から下がる頓田を見て、もう一度目を合わせた。
「やるじゃん!」
「……ですな」


 妹亜が、自分で選んだ青い花と黄色い小花に百合の入った大ぶりの花束を、押し付けた。
「こんなに華やかなのは……鳳羽君になら似合うかと思いますが……」
 ステージとはうって変わり、頓田は肩を縮めて照れまくる。
「俺そんな風ですかな?」
 リュンは少しばかり口を尖らせる。
 着替えてロビーに出て来た頓田は、ソファーの方にリュンたちを誘いながら話し始めた。
「娘が小学生の時にバレエを習ってまして」
 ちらりと視線を流す。
 先ほど妻が挨拶に来た時、娘も後ろで遠慮がちに頭を下げた。今は向こうで友人らしき少女たちとしゃべっている。髪を分けて結んだ地味な娘だ。
「とても十八禁のボーイズラブ雑誌を読むようには見えませんなあ。ご婦人は、わからないものです」
「リュン君!」
 頓田は苦笑いしつつ説明を続けた。
 頼まれて娘を迎えにいった教室でレッスンを見た。途端、訳がわからず自分も踊りたくなった。
「写真やビデオでは見ていましたが、生の動きは全く違いました。何と言うのか……手や足の先まで力がみなぎっていて……その、私などが言うのはどうか、なのですが……美しかった」
 同じ教室ではさすがに恥ずかしいので、娘の先生のまた先生のスタジオに通うことにした。


 世界が、変化した。
 まずは体。自分の体がどう立っているかに敏感になった。
 重力に負けるのではなく、体をくっと持ち上げること。年を重ねてそれが身に付くと、見える世界も違ってきた。
 鮮やかな街の色の数々、人々の衣服。通りの向こうまで真っ直ぐに見据える視線。
 体の内側にも徐々に感覚が開かれてきた。
 骨格を支える筋肉と骨、内蔵。何を食べたいのか、休息したいのか。体を良く保つにはどの欲求に従えばいいか。
 そして。
 刑事《デカ》部屋の空気の悪さに、気が付いた。
 毎朝のお茶を欲しい日と、そうでない日。少しだけ濃いお茶が欲しい日と、頓田の体は毎日違った欲求を出す。
 新人刑事が部屋に配属されて最初に覚えるのは、各刑事の湯飲みと、茶渋の跡を見て好み通りにいれること。頓田もそう習い、今の若い者も同様にいれてくれている。
 それが、辛くなった。
 午前様残業の後と、みっちりバレエのレッスンをやった翌日と飲みに行った翌朝。同じように水分が欲しいと、どうして思えるだろう?
 繰り返しドゥミ・プリエを練習したい時と、デヴロッペで足を高く伸ばしたい時。体もこころも刻々と変化する。日々の風の暖かさと湿気のように。
 その全てに鈍感になり、目を塞ぐのが当たり前なのが、刑事部屋だった。
 
 バレエを習うとクラシックにも興味が出る。
 リュンの父親のヴァイオリンソロが入ったCDも、聞いたことがある。ありがちな甘さに走らない、いい演奏だった。
 体育会系のノンキャリ警察社会では、けれどもクラシックを聞くことすら嫌われる。バレエなど知れたら、職場総出のいじめに遭いかねない。
 人々は変わらず犯罪に苦しみ、また追いつめられて罪を犯す。
 彼らに落とし前をつけるために、頓田は目の前の仕事をこなす。普通の一刑事として。
 だが頓田の「普通」は、もうずっと前から、ぐらぐらと崩れていた。だから捜査相談室に足を運ぶことが出来たのだろう。
 若きエリートの妹亜と、「名探偵」の少年メイドのそばで、頓田は思った。
 自分はやはり普通の人間として、彼らを支える多数派だと。バレエのコール・ド、いや踊らずに背景を支える貴族役等のように。
 それでもたまには発表会で、こんな気分も味わえてー


 娘はとうにバレエを止めたが、頓田は今も火曜日にはレッスンに通い、時間があれば別のオープンクラスにも参加する。
「それで例の彼を捕まえた時、足で止められたんだ? 凄く真っ直ぐで驚いたって、捕まった当人が言ってたくらいよ」
「つい、バーレッスンの気分になりまして」
 普段のレッスンでは足が曲がると注意されるのに、と笑う。
「出来損ないの羽根で太陽に向かう類いで、私も馬鹿なことをしているんでしょうな」
「いいんじゃない? 頓田さんらしくて」
 微妙な苦笑が浮かんだのに、妹亜が付け加える。
「それにさっき、頓田さん、確かに飛んでた」
 舞台の中央。
 実際には跳躍なのだろうが、両足を大きく上げた彼は、確かに空に浮いているように見えた。
 そう妹亜が伝えると、
「それがバレエというものです」
 満足気な、堂々たる返答だった。
「…ま、お名前もトンダ様ですしな」
「リュン君、それ全然オチてない」
「落ちはしませんよ。『飛んで』るんですから」
 指で天を指す。
 リュンは、妹亜と頓田、両方の視線が冷たく刺さるのを感じた。





 (完)



 目次

<ご注意> 
 作中の矢辻若の社会情勢把握は、職業上の必要でかなり偏っています。
 現実には彼の言及した人々は反社会集団でも何でもないことを、念の為お断りしておきます。     


<参考文献>

・DVDで覚えるシンプルバレエLesson 牧阿佐美バレエ団監修 新星出版社
・バレエをやりたい! 「大人からのバレエ推進委員会」編・著 健康ジャーナル社
・Ballet & Music Best10 清水哲太郎・森下洋子 著・選曲 主婦の友社
・トルコのもう一つの顔 小島剛一 中公新書
・地球の歩き方 イスタンブールとトルコの大地 ダイヤモンド社
 (本を仕舞いこんでしまって何年版か不明です。済みません(汗))
・イスタン・ブルース 山田茂明 三一書房
・飲めや歌えやイスタンブール 斎藤完 音楽之友社
・Books Esoterica14 イスラム教の本 学研
・メッサーシュミット 第二次世界大戦ブックス12 サンケイ新聞社出版局


<ブログ>

るうの雑記帳    http://plaza.rakuten.co.jp/ruruby/
(ルーミー及び旋回舞踊のページ)

<BGM>

・Ballet & Music Best10 清水哲太郎・森下洋子 著・選曲 主婦の友社(CDブックス)
(7章に出てくる頓田の携帯の呼出しは、上所収のドリーブ作曲「コッペリア」第1幕のワルツ、の設定です)

上と曲は重なりますが、
・チャイコフスキー 組曲「白鳥の湖」 「くるみ割り人形」


<謝辞>

 いつも話を読み、アドバイスをくれるG。今回もありがとう。
 少年時代、メッサーシュミットが好きだった故人の弟にも、感謝を。
 

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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