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ピンクのイルカが夢を見た 1-13

 二階分ほどある大水槽を見上げる。
 水面すれすれから下に銀色の小魚が無数に集まり群れで同じ方向に回遊している。それぞれの鱗が反射し光そのものが動いているようだ。
「あれきれい~! イワシかなあ」
「イワシ、って説明版に書いてあります」
「お寿司何人分作れるだろ?」
「羽美ちゃん、きれいって言った後がソレ~?」
「いいでしょっ?」
「まつみも言ったな。お寿司がたくさん作れそうって」
 五月にデートした時のことだと慶が言う。
 手すりに腕を乗せて横目で見ていると、慶はふっと前髪をかき上げて続けた。
「…こんな中を泳ぎたいって気持ちは、わかる気するよな」
 まつみは親にダイビングを習うことを許してもらえなかったとこぼしたという。
「ってほんとに慶、ここに入りてえか?」
「入りたいよ。当然じゃん!」
「あたしもぉ~!」
 羽美子も飛び跳ねる勢いで同意する。
「海の中きれいじゃん! 何が問題?」
「だってよ、イワシのうろこってテカテカしてるじゃねえか。あのエイとか象よりがさついてそうだし。もしあんなのが海の中で急にこっち向かってきたらどうすんだよ! 見ろよ! あの目、ぎょろって!」
「食われるわけじゃないだろう。テカテカでもがさがさでも実害ないじゃん?」 
 梨々果もうなずき三対一で有人は敗北した。

 深海水槽でも有人は後ずさりした。
「オレ、こういうの駄目」
「さっきからお前……」
「そうだよ! 何とでも言えっ!」
 開き直って叫んだ。
「オレはむにゅっ! とかぬるっ! とか足がいっぱい生えてんのとかは駄目なんだよーっ!!」
 深海を再現した特殊水槽の底には、純白の小さなカニがわらわらとしがみついていた。
 慶が手すりによりかかってため息をつく。
「…おまえ男だろ? 男ってのはさ、黙って何があろうと動揺するもんじゃ……」
「男でも気持ち悪いものは気持ち悪いっ! なあ?」
「好きかって言われると困るけど、それほどじゃないよぉ」
「普通ですね」
 またも三対一にて敗北。
 密集したカニはそれぞれの甲に足をかけ、どこがどれだかわからない。目は元々ないらしい。暗い水槽の中、無数の触手が至る方向に揺れて……有人は口を押さえ、もう二歩下った。
「お前カニ食べられないの?」
「好きだよ」
「でも姿煮は駄目だろう」
「食うよ、旨いから。あれは見た目茶色っぽいし食用ガニだろ。これは人間が食うものじゃ……いーや、人間が見るものじゃねえっ!」
「食べられるんじゃない? 同じカニだし。味噌旨いかも」
「深海の生物は引き上げると水圧の低さに耐えられずに破裂します。このカニも、味噌も身もみんな海中に離散してしまうのでは……」
「梨々果ちゃんリアル過ぎっ!」
 有人は遠慮なく悲鳴をあげた。
 水槽の反対側、ジオラマ前に逃げる。薄明かりの下海底の様子を広々と再現しているが、こちらは嫌悪感を与えない。手すりに捉まって有人は安堵の息を吐いた。

『かつて海底は死の世界だと思われていました。ところどうでしょう。チムニーの吹き出す熱湧水にはこのように生き物が群がっているのです。彼らはどうしてここで生きていけるのか。その秘密が化学反応による「呼吸」です。まず化学合成細菌は、光ではなく硫化水素と酸素を使った化学反応でエネルギーを合成して生きています……』

 落ち着いた解説の音声が流れる。青い壁に張られた深海写真のパネルなら、朽ちた生き物―海底に点々と並ぶ鯨の背骨に白い目のないカニがよじ登っていてもそう気持ち悪くはない。いや、じっと見ているとやはり―
「…まつみは、僕にはイルカみたいに泳ぎたいなんて言わなかった」
 いつの間に慶が近づいてきていた。

『深い海の底で、静かに座ってたい』

 この展示を見ながらそう言ったという。
(こんな所……)
 気持ち悪いのを別にしても、有人は『ここ』にいたいと思わなかった。光も届かない闇の底。熱水に群がる奇怪な生物以外、ほとんど泳ぐものもない光景。
「…僕はさっきの大水槽みたいな華やかなとこの方がいいけどな。きらきらしてて楽しそうじゃん」
「ここさみしいよぉ。やだなあ!」
 羽美子も眉をハの字にした。
「私は、悪くないと思います。…ああいう深海生物が寄ってくるのは、ちょっと勘弁してほしいですけど」
(へえっ)
「このどんなとこが、悪くねえんだ?」
 軽く小首を傾げた後梨々果は言った。
「…静かで、誰にも邪魔されなそうなとこ」
(まつみもそう思ったのか?)
 それは死の世界のように有人には思えた。忌まわしい、思い出したくもない―



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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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