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ピンクのイルカが夢を見た 3-1

 あれは今では遠く思える、高等部に上がったばかりの一年の時だ。
『今度の夏休みどこ行く?』
 海外旅行のパンフレットを並べ始めたクラスメートに慶は驚愕した。
 中等部から学院に入り、附属上がりの連中のお金の使い方にもすっかり慣れたつもりだった。だが「高校生だけで海外」は慶の発想の外だった。学院が「森のお城」、世間知らずのお坊ちゃまお嬢様の集まりだという揶揄は間違っていない気がした。
 付き合い始めてからまつみに話すと、やはり疑問には思わなかったようで、
『そうなの?』
 こくんと首をかしげた。
『うち、お金持ちなのかな。お父さん、結構大変だって言ってるけど』
『だからうちんとこもお前のとこの親もさ、苦労してここに入れてくれたってことじゃん』
 まつみはそれはもう遠慮がちに、苦味を我慢したのと区別が付かないほどに、かすかに笑ったー
(まつみ)
 弓を引く時のように息を丹田下へ深く吸い込み、吐いて、もう一度と繰り返して胸を落ち着かせる。途端、咳き込んだ。船室の木の床上、敷かれたゴザのような荒い編目のシートから強い匂いを吸い込んでしまう。

 聞こえる言葉は慶にはわからないものばかり。向こうの隅で商人たちが話しているのは中国語と見当は付く。甲板から聞こえるのはパロリンガン諸島独自の言葉らしい。先ほど降りていった白人サラリーマンたちは全く聞いたことのない丸く響く言葉でしゃべりまくっていた。白人としてもとりわけ色が薄く、ついでにこの気候ではどう考えても間違っているスーツ姿の目障りな集団。
 近寄ってくる軽やかな足音。
「ただいま~! 工場、って言ってたのは、ただの掘っ立て小屋だった。けけけ…」
 有人の話を聞き流す。小さな船の乗客の大半は褐色の肌の住民たち。「工場」とやらに出張でこの島で降りた白人たちを除くと、後は少々の中国人商人に慶たちのみだ。
「この辺じゃ珍しい岩ばかりの島できれいだったぜ」
「遊びにに来たんじゃないんだぞっ!!」
 有人はその場に立ちつくした。
「…悪ィ。ただ、どちらにしろ立輪さんは降りなきゃしょうがねえ状態だったし。一人でってわけにはいかねえから、オレも」
 立輪も有人の後ろから前かがみで歩いてきて謝りまくる。
「……ああ。そうだったな」
 有人は気づかうようににこりとすると、船酔いから抜けきれていない様子の立輪を支えながら少し離れた床に座った。
 ふーっ。
 汗まみれの前髪をくしゃくしゃとかき混ぜながら、耳障りな言葉たちが響く船室の床に目を落とす。
 長旅で疲れていた。目的地が近づくにつれ、言葉にならない怖れも大きくなってきた。まつみが隠していたのは、何か。
(それは僕をー)
 だからといって人に当たっていいわけはない。そんなのは男の風上にもおけない。
 日本からこの国の首都に着き、国内線で移動。一泊してバスで港へ着く。
『パロリンガン諸島は古代から中世にかけて中東やアフリカとアジア間の海上交易の要所で、住民は本国とは違った混血民族である。珊瑚礁に恵まれた島々で、同様の環境のモルディブの成功を見てごく最近観光開発を始めたものの、大部分の島は漁業とコプラ―ヤシの実の加工品で昔ながらの生活をしている』
 出発前の梨々果のレクチャー。
 諸島内で唯一リゾートになっている主島パロリンガン行きの客船は、白人観光客で占められていた。カップルが水着に近い姿でいちゃついているのを見る度に、慶は叫び出したい衝動にかられた。お前ら静かにしろ! 僕は遊びに行くんじゃない!
 そのパロリンガン島でうって変わって小汚ない船に乗りかえた。生活用の連絡船で、諸島内を約一週間かけて回るという。目的の「ンマニ島」には明朝着く予定だった。
『何にもない島だって』
 有人はリゾートスタッフからそう聞き込んだが、まつみには「何か」あったのだ。
 まつみの命を奪った犯人が許せない。同時に、まつみが十七歳でこの世を去るという「運命でない運命」にも腹の底からの憎悪を感じていた。
 高三の今まで、きついことも苦しいことももちろんあった。だが天が自分を鍛えるに足る男だと認めている証拠ぐらいに構えていた。
 だが今度だけは。
(この試練だけは、僕には必要じゃないっ!)
 必要でない試練をどう乗り越えたらいいのか、慶にはわからない。


 パロリンガン島行きの港で立輪と会った時、有人は仰天した。
『捜査員の派遣は必要ないって上は言ったんだけど』
 納得出来なかったので休暇を取り、自費で島に向かうという。公務ではないから警察官であることは伏せてほしい、と頼んできた。
 熱意には感服した有人だったが、問題は立輪が全く言葉が駄目だということでー言葉だけならまだ良かった。
 船のスタッフに何を言われてもわからず、ぼう然と桟橋に突っ立っていた彼に二人で慌てて駆け寄り助けた。聞けば海外は卒業旅行の一回だけ。それも幹事に付いて回ったので手続きも何も全くわからないと言う。
 いったいどうやって捜査をしようとしていたのか。
『ほんと、どうやったんだろうね?』
 尋ねた有人に立輪は情けない子犬の目で返してゆるっと笑った。

 旅行見積が出てすぐ羽美子はパロリンガン行きを降りた。値段が高すぎるのと、未成年だけで行くことに親の反対があったからという。結局夏休みは家族とグアムに行くそうだ。
 高校生二人で日本人など見当たりそうもない所に行くことには慶の両親も反対したが、振り切ったという。刑事のことは慶は何も言わないのでどう処理したのか有人は知らない。
「ミスター。皆さんの目的地ンマニ島が見えます」
 英語を話す船員が愛想良く寄ってきた。
 ここから見えるのは珍しいんです、との案内を立輪向けにさっと訳す。まだ休みたいという立輪をおいて慶と二人で甲板に上がった。
 ごく小さな、特徴のない形の島がぼんやりと浮かんでいる。
「あの島に、春に日本人の女の子が行ったはずなんですけど、知りませんか。ぼくと同じ年の子、でした」
 船員は思わぬ動揺を顔に見せた。
 そして一言。
「The Goddess」



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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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