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ピンクのイルカが夢を見た 3-5

 ンマニ島、二日目の夜。
 酋長宅前の広場には日が落ちると若い住民が集まってきた。手を叩き、ギターを奏でては声を揃えて歌う。
「ハワイアンっぽいね」
「そうなのか?」
「それっぽいってだけだって。ハワイで聞いたことないの?」
「行ったことねえから」
「マジ? 意外じゃん。立輪さんだって行ってるのに」
 それどういう意味かなあ―慶と有人の会話に床で作業をしながら立輪がぼやく。
 波のようにのんびり明るい歌を遠くに聞きながら、三人はシモーヌの家(兼歯科診療所)で労働奉仕をしていた。再度シモーヌと交渉した結果、彼らが雑用を手伝うことで、明日以降ごく短い時間通訳をしてもらえることになったのだ。
 トトパルとのやり取りでは話にならない。島人を集めて「女神」のことを聞いてくれたが、白くて、小さくて、何も言わない、ぐらいしか分からない。
 シモーヌが話せるのは諸島全体で通じるパロリンガン語で、ンマニ島の言葉は多少違う方言だという。流暢でもないのでそのつもりで、と釘をさされたが有人たちは平身低頭するだけだった。

「のほほ~んとした歌聞いてると、何しに来たんだかわかんなくなりそうで、嫌になる」
 日本語で慶がぼそっとぼやく。痛みを隠しながら有人は適当に英訳。
「そう聞こえるんだけど、あれ、結構悲しい歌も入ってるのよ。たとえば昔の戦争で島民の多くが敵に惨殺されたことを嘆いてる、とかね」
「あれで」
 穏やかに和した響きでそれが歌われているなら、親しげに見える島の人たちの中にどんな争いや憎悪があってもおかしくない。思いついて有人は自分で滅入った。
「…シモーヌ。島の人には言わないから教えてくれませんか。あなたは『工場』のこと、どう思ってます?」
 慶と立輪は床で、島の植物を使ったお手製歯ブラシの製作中。有人だけが椅子に座ってカルテの整理を手伝っていた。
「どちらでもいいわ」
 漁への影響を調べる必要がある程度、とシモーヌは言う。
「この島から働きに行けるのは、多くても十人くらいでしょうから。ただし……」
 マウスを握ったまま一度言葉を切る。
「一時的なものなら、反対よ」
 いったん外部の現金収入に頼るようになったら、そこから自給自足の生活に戻るのは難しい。
「『工場』は新しい技術の開発が駄目だったらハイさようなら、でいいけど、ここの人たちはそうはいかない。パリやトーキョーなら転職すればいいでしょうけど、この島でどうやってチェンジしろっていうの? ……だから、これも作ってるのよ」
 歯ブラシ一本は島の住民にとっても高くはない。だがプラスチック製のブラシは島内では作れないから、どこかで現金を作って交換するわけだ。それは住民の外部経済への依存を強め、お金に欠乏したら、歯磨きすらしなくなってしまうかもしれない。
「歯をケアすることの大切ささえ覚えていてくれれば……歯ブラシは買えなくても、あたりの草を結んでまとめてブラッシングを続けてくれる。歯が守れれば、命も守れる」
 はあ、と感心したように慶が息を吐いた。

「あれ? 歌、変わってる」
 いつの間に若者たちの唱和は終わっていた。誰か一人、男の声が月に上るような勢いで響いてくる。
「あれは酋長ケマイニ。島の歴史の歌よ」
(へえっ)
 耳には、聞こえなかった。
 力強くかつ暖かく、直接腹に響いてきた。
「心配しなくても、あと一時間はやってるわよ」
 腰を浮かしかけた有人に、だから仕事はやっていってねと念を押す。
「若い人はあれを覚える気にはならないみたいで。もう彼以外、歌える人はいないの」
 録音はもちろん書き留めることも許されず、口伝えでのみ教えられる伝統の歌だという。
「とか言っても、この島には実は古いものなんてないのよ。生活以外」
 まつみの「女神」伝説も、十五世紀以降のものだろうとシモーヌは切り捨てた。
「千年王国の影響が見られるからね。この島には仏教、イスラム教、キリスト教の順に入ってきてることを考えれば、あの歌もその程度でしょ? 島の人たちは、海に沈んだ大陸の子孫だって証明されてるとか胸張ってるけど」
「アトランティスとかムー大陸とか?」
「さあ。知らないわ」
 と、立って立輪の元に行く。
「ちょっと! きちんと縛れてないわよ。アジア人は器用なはずなんだけど。あなたほんとに日本人?」
 言葉は通じなくても雰囲気でわかったらしい。ごめんなさいと小さく肩を丸める。彼の「製品」を直してからシモーヌが続ける。
「…あなたたちの国にはキョートのお寺《テンプル》とか素晴らしいものがあるって聞いてるけど、ここは違う。昔っから大して変わらない暮らしをするだけで、ろくな文化も育てられなかった」
 見下す言い方に、有人は引っかかれるような不快感を覚えた。
 伝統があろうとなかとうと、大層な文化がどうだろうと、その場所でみんなが生きている。親に甘えたり、人を好きになって、そして泣いたり。友だちとしゃべりまくって食べまくって……そんな思いがあれば生活として貴賎はない。そういう気がしたのだ。
 外には、半月からかなり膨らんだ月。日本でよりも大きく、黄色く見える。
(まつみ。君もこの月を見た?)

 小屋に戻ってからも酋長ケマイニの歌声は響いていた。
 赤銅に割れ目を彫ったような皺、怒ったまま止まったような顔。あの老人からこんな流れるように美しい歌が出るなんて意外で面白くてたまらない。有人はずっと耳を澄ませた。
 何かを作り上げなくては駄目だったら、高三で殺されたまつみの人生は「無駄」になってしまう。
 そんなはずはない。
 あの子が笑って、頑張って試験勉強をして、部でバイオリンを弾いて。慶とデートして……もしかしたら、キスをして。
 それは、絶対に価値があるもの。
 今響く、この歌声のように。



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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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