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ピンクのイルカが夢を見た 1-1

 似ていない、と思った。
 口や鼻、それぞれのパーツは似ているが雰囲気が全く違う。旧い時代の女優のように強いアーチを描いた眉、薄い色でべっとりと塗りこめられた唇。化粧も服装も作り過ぎに見える。だがその手のことは「努力」を買ってもいい。
 問題はまつみが姿を消したのが金曜の夕方。岡山の自宅から母親が来たのが四日後ということだ。
 仕事があったなんて理由になるものか!
(うちの母さんだったら、何を置いてでもすっ飛んでくる!)

 高等部白雪寮の談話室には、立ち合いの舎監と四人の生徒がいた。初等部時代からのまつみの親友、瀬賀《せが》羽美子《うみこ》。ルームメイトでオーケストラ部の後輩でもある楡崎《にれざき》梨々果《りりか》。友人、と大人向けには称している彼氏の桐生《きりゅう》慶《けい》。
 たまたま出て行く姿を見たので呼ばれた有人は、三人とは違いまつみのプライベートなど知らない。クラスメートで同じ寮の寮生でもあるが、口をきいたことはほとんどない。仲が悪いのではない。クラスのほとんどの人間が彼女とはまともに話したことがないはずだ。

 クラスで、いやもしかしたら学年で一番口数が少ない、おとなしい女の子。
 背もクラス一小さい。太ってはいないが顔も体も丸っこくて、ふわっとした静かな子。
 そのまつみがどうしてこの平穏な場所で、書き置きをおいて突然姿を消したりするのだ。
 学院は他校生から「森のお城」と言われている。世間知らずのお坊ちゃまお嬢様の住み家、との揶揄まじりらしい。海にほど近い山一つが敷地で、濃い緑の森の中に中高等部の校舎と聖堂《チャペル》、寮が点々とたたずむ。
 クリーム色を基調とした校舎に対し寮は純白に軒だけが赤や青で明るく塗られ、まるでお菓子の家のようだ。初めて来た時有人は学校とは思えず、ぼう然としたのを覚えている。ここなら安全だとも思った。
 だが一

 いつもならまつみは九時頃ジムから帰寮する。ところが先週の金曜日、九時をかなり回ってもまつみは帰らなかった。携帯にかけてもメールにも応答がなく、焦った梨々香が舎監室に駆け込んだのが就寝前点呼の九時半の直前。
 舎監から携帯にかけても呼び出し音が鳴るだけ。SKジムに問い合わせて無断欠席をしていると言われたところで、事が重大になった。すぐに岡山の両親へ電話を入れた、と有人は聞いている。
(なのになんで。火曜日になってから?!)
 舎監がまつみたちの部屋に入ると、整頓された机の真ん中にこれ見よがしに白い紙がスタンドで押さえてあった。
『ごめんなさい。行かなければなりません』
 裏はペンで丁寧に書かれた書き置きで、やっとこれが家出だと判明した一
 ハンカチで眉間を押さえるまつみの母の向こう、窓の外では、新緑を過ぎた木々が何事もなくゆったりと体をゆらしている。先ほど彼女は、寮の部屋に日記が見当たらないと訴えた。有人は知る訳はなく、羽美子と慶も首を傾げる。梨々果は書いているのは見た気がすると言ったがそれだけだった。
 怒りを抑えながらまつみの母を見る。
「それとこれ、何かしら?」
 彼女はきれいに手を返して丸テーブルに茶色の紙を置いた。
 ざらついた紙には、蔓の地模様上に世界の大陸の輪郭が裏移しで印刷されている。
 引き出しにしまわれていたというそれを有人はただ睨んだ。

 

「慶君! 聞いてみたけどダメだったよ。もう無理じゃないかなぁ?」
「梨々香ちゃんは?」
 困り顔の羽美子に関せず慶は明るく聞いたが、梨々香も黙って首を横に振った。
 まつみの母と舎監が出ていった後も、彼らは談話室に残った。有人は少し離れた壁に寄り掛かり腕を組んで眺める。
「まつみのことは心配だけど、あたしたちが出来ることじゃないよ。警察の人が探してくれてるでしょ? ね?!」
 色白だが明るいピンク色の頬がいかにも健康そうな羽美子と、地黒で無表情が辛そうに見える梨々香は対照的だ。
 羽美子はいつも髪を左右の高いところで結って楽しげに話す隣のクラスの子。
 伏せがちで、ボブと言うには少々揃っていない黒髪と黒枠の眼鏡に顔を隠して歩く梨々香は、二年生でオーケストラ部のヴァイオリンパート。どちらもまつみと一緒にいるのを何度か見て顔を知っている。話したことはない。 
「警察は何もしません」
 絶ち切るような言葉が梨々香の唇から流れた。
「特異家出人でなければ探さない。死体でも見つかったら届と突き合わせるだけ」
「縁起でもないこと言うなって!」
 慶が怒鳴り、有人の胸も大きく打つ。そんなことはあってはならないんだから―
「やめてよ‼ もうっ!」
 羽美子が目を赤くした。梨々果は口の中で謝っているらしいがよく聞こえず、眼鏡が鼻からずり落ちる。
 不穏な空気を飛ばしたくて―自分の気持ちをなだめるように有人は口を出した。
「楡崎さんだっけ? 特異家出人って何?」
「?!」
 三人は思い出したように有人を見た。

 梨々香の話は行きつ戻りつして、有人の頭も混乱した。やっと理解したのは、警察が捜索するのは事件絡みの可能性がある「特異家出人」のみ。数が多過ぎて普通の家出人などいちいち調べないということだ。
(だったら、まつみはどうなる⁈)
 どくっ! 再び打つ胸。
 遅く来たとはいえ何かあったら知らせてと何度も頭を下げた母親。頬の削げた慶。四日前玄関で、自分を振り返って微笑んだまつみ。
 慶たちが手がかりを探して生徒たちの間を聞き込んでいたのも知っていた。見ているだけだったけれど―
「な。オレはおまえらみたいに仲良かったわけじゃねえけど、よかったら手伝わせてくれねえか」
(……またやった!)
 有人はいつも口が先に出てから慌てるタイプだ。かたずを呑んでいると、
「頼む」
 いきなり慶ががしりと手を握った。
 痛いほどの力だが、包む手のひらは暖かい。
「男は黙って待てるもんなら待つ、ってのが本当だとは思うんだけど、まだ修業が足りないんだろうな。あいつは小ちゃくて、十八以上になんか見えない、どころか中学生に間違えられるくらいでバイトなんか無理じゃん? 貯金持ち出してるらしいけど長くもたないし、今どうしてるんだか……居ても立ってもいられないんだ。情けないよな」
 首を横に振ってやる。
 自分より頭一つ高い背。美形とまでは言えないが、整った顔立ちが愛敬と知性の両方を兼ねるのは恵まれていると思う。慶はその愛敬を消すように表情を引き締め、真っ直ぐに有人を見た。
「もう一人男子がいれば助かるよ、ありがとう。塩矢だっけ?」
「塩矢有人。よろしく」
 握られた手を上下に揺らし返す。
「男の子ってそういうの好きだよねぇ」
 羽美子が言い、慶は、
「男は黙って行動するのみ、ウン!」
 と満足気にうなずく。
(だから「君」全然黙ってないって)
 複雑な心境で有人は突っ込んだ。
 わかっていた。まつみを探すのは彼女のためではない。
 それでもとにかく、彼女は絶対無事に帰って来なくてはならないのだ!


 目次 

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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