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ピンクのイルカが夢を見た 3-10

 ぼくは恐がりだ。
 ぼんやりとした意識の中、有人は思う。
 何が恐いのか? 
 結局人間は死ぬことが恐いんだと思う。壊れやすい生き物だから。
 水で数分息が出来なければ、高い所から落ちて体がねじれてしまえば。ほんの小さな銃弾が……秒速で胸を貫けば。
 心が壊れてしまったら、それも死だ。
 ばらばらになった心のかけら、自分でも拾い集められない。それだけは止めてくれ! というシーンだけが繰り返し現れて自分を責め、終わりがない。

 まつみが遺体で見つかってから、心が、また剥がれ始めた。
 薄い薄い一片になって、少しずつ、正気から離れ落ちていく。
 海に沈み、再び浮き上がると氷になる。
 やがて海面が全て凍り付き、あたりは白い沈黙に覆われる。
 その時には有人は、もう誰かを大事に思ったり、何かを好きだと感じたりすることもないだろう。

 だから心が凍り付かないうちに、ぼくはまつみの真相を追いかけている。
 まつみ。君はどんなに恐かっただろう。
 誰もいない真夜中の海辺。狂暴で凶悪な憎悪にどれほど君は脅えただろう。
 なのにぼくは、君のためでなく自分のために、事件を追ってこの遠い島まで来ている。
(ごめん。まつみ、ごめん……)


 身を起こすと、前にケマイニが座っていた。歌の練習で使う奥の部屋だとわかった時、彼は出ていった。ケマイニの妻が来て、顎を取って木の器から飲み物を飲ませてくれる。
(甘い……)
 飲み干すと、彼女と入れ替わりに厳しい表情でパウヤがやってきた。


 パウヤとの口論の後、覚悟を決めて外に踏みだす。ぎらぎらと刺す日の光。揺れる団扇型の巨大な葉。立輪たちは女神の像に向かったという。追う前に有人はシモーヌの所へ寄った。
 島の女たちがおしゃべりをしながら順番待ちをする横で、切り株に座りシャオヤンが携帯から中国語で話している。
 有人の姿に女たちが話を止めた。シャオヤンも手を止め、有人を認めた。やがて電話を切り、顔色一つ変えず有人の接近を見つめる。
「シモーヌに会いたいんだけど」
「診察中だ」
 綺麗な英語で返ってくる。
「それでもだ! どうしても今、確かめたい」
 シャオヤンは有人を一瞥すると、能面のまま診察室に入った。間もなく出て来た白衣のシモーヌを横へ引っ張る。
「あなたの夫は銃を持っている。知っているのか」
「あたしのよ。護身用にね」
 一瞬眉を寄せた後、開き直ったように答えた。
「許可証は持ってるわよ」
 心配なく、と加える。
「撃ったらいられなくなるってことぐらい、わかってるわ」
 そして虫の羽音のように声をひそめる。
「『彼女』が『殺された』ってのは本当なの?!」
 咎める勢いのシモーヌに事情を説明する。納得してすぐ彼女は戻る。
 シャオヤンは、一部始終をじっと遠くから眺めていた。
 ヤシの木の高さの半分ほどの距離まで近づいてから、有人は言った。
「ミスター・チー。あなた、演技は下手ですね」
 シャオヤンの眉がわずかに上がる。有人はそのまま仲間を追いかけて森の小道に入った。

                   ※

 有人が意識を失っていたのは思ったより短かかったらしい。女神の像よりかなり前で三人に追いついた。トトパルが笑顔でOK? と繰り返し様子をうかがう。
「悪いな。待ってようとしたんだけど。明日出発だし、面倒見るから行って来いってケマイニが、ってシモーヌさんが教えてくれたんだけど」
 うな垂れたままの梨々果を立輪がなだめている。
「仕方ないよ。ボクたちが松法さんが殺されたことを口止めするのを忘れてたんだから」
「それだけじゃないですよ」
 汗で湿った髪を左右に大きく振る。
「梨々果ちゃんの英語は『正確』だったんです」
 慶が使ったDieは普通病死などの自然死を指す言葉。対して事故や殺人はKillだ。
 そのことで有人はパウヤに騙していたのかと責められた。シモーヌの詰問にもそのニュアンスがあった。慶の英語力では使い分けは無理と説明したが、パウヤは怒ったままだった。
 森の間の小道、人懐っこい笑顔で先導するトトパルを見ながら立輪が声を落とす。
「だけどおかしくないかな? この島の人ってボクより英語出来ないよ。eat、食べるって単語も知らないくらいだから。それなのになんでKillだけわかるんだ」
「そういえば……」
 顔を見合わせる―地の落ち葉とにらめっこしたままの梨々果を除いて。
「カム、ヒアー」
 視界が開けると女神の立つ広場だった。ジス・イズ・プラニ、とトトパルは前と同じ説明を繰り返す。
 やっと顔を上げた梨々果が、一歩、二歩と女神像に近づいた。
「これが、先輩だっていうんですか」
 像の高さと額の傷について話す。
「わかりません……先輩、そんな傷あったでしょうか」
「危ないっ!」
 立輪が梨々果を突き飛ばした。
 ぐいっ!
 トトパルが、直径十センチ近くある石を梨々果に向かって投げ落とそうと―立輪は腕をつかむといったん絡みあい、次の瞬間気合いと共にトトパルを地面に転がした。
「はあっ!」
 ズダン!!
 仰向けで四肢を弾ませるトトパル。石は手を離れて土に落ちる。
 起き上がったのは一寸前とは打って変わった、憎々しげな顔だった。



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テーマ : ミステリ
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