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ピンクのイルカが夢を見た 3-13

 船がンマニ島を出る十一時前までケマイニ宅で座って待った。外では時々、激しい言い争いの声が聞こえる。風が木々を揺らす音すら不気味だ。
 有人たちが滞在した小屋には、大石が投げ込まれていたとシモーヌが教えた。
「呪い返しなのよ」
 憂鬱そうに言う。
 島の女神伝説では、女神が現れるとパラダイスがやって来る、だがもしその女神が殺されると世は終わるとされているらしい。
「あなたがたは『女神』が殺された、という最悪の知らせを島にもたらしてしまった。再び安心して暮らすためには、悪い知らせをもたらしたあなたがたを滅ぼして、『呪い』を返せばいい」
 「KIll」についての謎も解いた。
「この島の男性の最高の娯楽は、ビデオを見ること。特に男ってのはアクション映画が好きだから……知らなくてもどうでもいい言葉なのにね」
 殺せ《キル》! という叫び声で。
 こいつは死んだ! というセリフで、彼らはその言葉を習い覚えた。
(She was killed.)
 彼女は、殺された。この島に来て、そしてもう一度来るつもりで。
(ぼくはいったい何を掴んだというんだ)
 有人は腫れるほど手のひらで床を擦った。
「楡崎さんは若いけど、すごく苦労してきたんだろ? 他の人とは目の付け所が違って……大人になって頑張れば、それはきっと才能として使えるようになる……」
 夜が明けて合流して以降、梨々果は口を聞かない。存在自体を消したいとでもいうように、背中を丸めて深く目を落とす。立輪はそんな彼女の背をさすりなだめの言葉をかけ続けていた。
「刑事さんだものね」
 梨々果は跳ねるように顔を上げた。
「私、読んだことあります。警察の人は、被害者の回りの人間を皆徹底的に洗って容疑者を絞っていくって。…立輪さんは、私のこと知ってるんですね」
「ん、まあね」
「…じゃあオレのことも?」
「うん。まあ」
 答えにくそうに有人に返した。殺人事件の捜査だから当然だろう。
(そうか……)


 酋長は、誰の見送りも出迎えもしてはならない。昔からの決まりだという。
 四人はパウヤの先導で桟橋に向かった。
「大丈夫だ。島の人間は誰もわたしには手を出せない。…義父《ちち》がいる限り、だけれどもな」
 後ろからでも苦い表情を見た気がした。
「義父の命令だから、命に代えてでも君たちを守る。だが、わたしだってもうよそ者はごめんだ!」
 時々振り返ってはパウヤは続ける。
「十七年前、民俗学者だという英国人が来た後、島は疫病に見舞われた。二年前、モルディブで事故死した中国人ダイバーの遺体が島に流れ着いて、遺族やら役人やらが入り込んで来た。そうしたら数年来の嵐で島がめちゃくちゃになった」
 関係ないじゃないかと思った。口には出さなかったが、慶は違った。
「あなたまでそんなこと言うんですか? フランスの大学生なんでしょ? たかが嵐で…」
「たかが嵐っ⁉」
 ざくっ。パウヤは足を止めて向き直った。
「君らがいた小屋から海の間に、何本か倒れたヤシがあったのを覚えているか」
「……いえ」
「ほら、君たちはろくにものも見ていやしない。島では嵐一つの被害も甚大になる。あのあたりには二軒の家があって、十二人が住んでいた。家が流されて波に呑まれて……全員死んだ。生まれて二ヶ月の女の赤ん坊も含めてだ」
「……」
 家があったらしきものなど何一つ見あたらなかった。
「『女神』とやらが来てから、工場騒ぎが大きくなった。工場なんて出来ても出来なくてもどうでもいい。ああそうだ! 島で一番問題なのは、貧しさでも何でもない。人の和を失うことだ!」
 有人は訳すことも忘れた。
「小さな島の中で仲が修復出来なくなったら。もうここには住めないってことなんだよ! それを君たちよそ者は、勝手に入ってきてはひっかき回して逃げていく。マダム・ジュデュビィエーヌは違う。あの人はこの島もどの島も見捨てないで必ず帰ってくる。彼女にはわたしも感謝している。だが君たちは……」
 口調の激しさに、後ろの立輪が身構える気配があった。有人は手で抑える。
「二度と来ないでくれ!」
 桟橋の前で吐き捨てた。
 
 宝石の海から白い砂浜へ延々と続く茶色の木橋。雲の上に浮く天人の道のよう。梨々果はンマニ島に着いた時そう思った。
 「家」なんかもうどうでもいい。勝手に貯金を降ろして先輩たちの後を追った。初めての異国。初めての違う言葉の世界。自分を縛っている鎖が一つずつ解けていく。何よりも、自分は一人で目的の島でたどり着けたのだ!
(でも、やっぱり私は駄目なんだ)
 自分が口を開きさえしなければ。まつみ先輩は殺された、なんて言わなければ。
 ー神様。それならどうして、私の口を縫い付けてこの世に降ろさなかったんです? あなた、すっごい意地悪。私のこと嫌いなんでしょ?
 受験組の梨々果は、英語もちゃんと勉強している。海外でまつみのことを調べるのに先輩たちの助けになれるかとも思った。けれど実際は、海外旅行経験者の慶は自分よりずっと会話がスムーズだった。単語も構文力も自分ほどではないが、そんなこと関係ない。
 そして有人は、ネイティブなみにぺらぺらだった。
(だったら、塩矢さんが英語サイト調べればよかったのに)
 自分が四苦八苦しているのを笑っていたのか? 
 やっぱりどこにも自分がいていい場所はない。
 船の中では親切だったパウヤは、もう自分に目を合わせようともしない。まばゆい光が照り返す島の桟橋のたもと、パウヤは集まっていた男たちに恐い顔で何か言って彼らを散らした。
 桟橋の向こうに、十数人の男たちが棒や石を持ってこちらをにらんでいる。先頭に立ったパウヤは構わず彼らに近づいた。手前にいた数人と何か言い合い、やがて、力づくで彼らの中を通り抜ける。足を軽く引きずった立輪が続こうとした時。
「わあっ! おい! な……」
(立輪さんっ!)
 抱えるように彼はラグーンに落とされた。ばたばたともがく姿、を見ている余裕は梨々果にはなかった。彼らは次に自分に近づいてくる。でも何も出来ない。行きは楽園《パラダイス》に見えたターコイズの海は、今では舌なめずりして自分が落ちるのを待つ地獄のよう―
 まだ誰も触れなかった。目が回った梨々果は、自ら足を滑らせて橋から落ちた。



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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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