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ピンクのイルカが夢を見た 4-7

(わからない。わからない。わからないっ!!)
 バン! 談話室のパソコンデスクを粗っぽく叩いた梨々香に、回りの生徒がびくりとしたことなど気にも止めかった。モニターには右から左にずらりと英語の文書が出ている。
 島からの帰り際、パウヤが言っていた民俗学者を梨々香はやっと探り当てた。彼の論文がネットで読めたのでダウンロードしたがこれが難しい。
 専門用語が多く、辞書で表面的な意味を調べても実際には何を指しているのかがわからない。文章の繋がりも訳がわからない。
 この学者は確かに十七年前ンマニ島など島々を回り「フィールドワーク」なるものをした。言い伝え、習慣、家族関係などたくさんのことを記録している。
 聞き取り先には「酋長ケマイニ」の名も多く出てきて、梨々香はせつなかった。
(あの人が私たちをかくまって、助けてくれた)
 けれどつい先日、事故で亡くなったという。
 物事には原因がある。現在を調べるためには、過去を探ることも大事ではないか。この論文だって「工場」やまつみについての何か手がかりになるかもしれない。何とか読み解きたい。
 優しかったまつみ先輩に、せめて出来ることをしたい。
 慶では頼りにならなそうだが、有人には読解を手伝ってほしい。だが二人が言い争いをしてからは、会うこともない。それに、
(私は、塩矢先輩に、ひどいことをした)
 彼もまつみを好きだったから、と言った後の有人の表情。
 見た途端、彼をどれほどひどく傷つけたかを梨々香は知った。
 それ以来話しかけることも出来ない。
「何調べてるんだ?」
 後ろから聞こえた声は、その有人のものだった。


 サイト上の辞書と傍らの紙の辞書の二つを使いながら、梨々果は英語文書を読み漁る。キーボートを叩く手さばきに後ろから感心した。
 声をかけると、梨々果はぴくんと跳ね上がり、やがて立ち上がって椅子を空けた。
 続けるように言っても、怯えた目で椅子を指すだけ。パロリンガンがらみの内容らしかったので声をかけたのだが、これでは困る。
「梨々果。このままずーっと口きかないつもりか」
「やっぱり、その方がいいと先輩も思われますか」
 がくりとつんのめる。
「なんでっ! そりゃ確かにあの時君の口は滑ったけど、それはそれだろ!」
 まつみへの思いは恋というほどのものではなかったし、慶に誤解されたくもない。けれどあの子が一緒のクラスに、同じ寮にいたことがうれしかったのも事実だ。痛いところを突かれたから怒鳴ったのでは、慶風に言うなら男たる資格もない、というところか。
「君がしゃべらなくて、誰かうれしい人間でもいるってのか?」
「……お母さん」
(は?!)
「お母さんっ!」
 引きちぎられるように言い捨てる。と、ぐっ、とうめいて梨々果は談話室から逃走した。
 塩矢さん気にすることないですよ、と顔見知りの二年生が声をかけてきたがすぐ跡を追った。泣き出した女の子を放っておくことは出来ない。

 緑陰寮との通路の横、林の中に散策路がある。よく寮生同士のカップルが使うベンチで、梨々果は一人小さな後ろ姿を見せていた。
 ひんやりとした空気が肌を包む。もう完全に秋だ。
「寒いだろ。着てな」
 重ねていた上のシャツを脱ぐと、梨々果の肩にかけてすとんと横に腰を降ろす。
 梨々果は目の下を涙でべとべとにして足元を見ていた。ストライプ柄の有人のシャツを困ったように掴んでいたが、思い出したように腕を通し、衿を立てて包まった。
「梨々果に当たったことは悪かったと思ってる。その、君のお母さんのことは知らないけど、少なくともオレは、君に黙ってててほしいとは思ってねえ。むしろ君が口きいてくれないと、調べ物が進まねえから困る」
「嘘つきっ!」
(ほんとだからっ! そんな恐い目で睨むなって!)
「塩矢さん英語ペラペラじゃないですかっ! 私なんかより英語読むのもよっぽど上手いはずです!」
「な? 梨々果は苦手科目は何?」
「生物」
「だったらさ、日本語だから生物の教科書が完璧にわかるか、って言われても無理だろ。それと同じだぜ」
 語学力には関係なく、情報を探し出す腕は梨々果の方が上だと説明する。彼女の相手にはちょっとばかり忍耐力がいるようだが、有人は以前、もっとクセのある人間たちと付き合いがあったのでそこはあまり気にならない。
「中学まで英語学校通ってたんだ。英会話スクールじゃねえぞ。全部英語で授業する所だよ」
「アメリカンスクール?」
「…その手のとこ。だからある程度英語は使える。それだけだ」
 黙っててごめん、と付け加える。
 梨々果は突然言った。
「私は、親に二度捨てられたんです」
 シャツを胸の前でかき寄せる。
「お母さんは私が嫌いだった。お父さんは私のことなんかどうでもよかった」
「そんな訳ねえだろ。親ってのは……」
「ほら。塩矢さんだって大人の方ばかり信じる」
 ごめん、と慌てて口をつぐんだが遅かった。梨々香はぱんと立ち上がり、一目散に白雪寮の方向に逃げていってしまった。
 有人は肩を落した。あの子は何か事情を抱えていた。普通の親でないことも想像出来るのにー
(お母さん、か……)
 自分の母は間もなく迎えに来ることになっている。警察に相談しに行くために。
 プルルルル……
 ポケットの中で携帯が震える。母だ。着いたのかと電話を耳に付ける。
「有人! どこにいるの?!」
 聞いて有人は土の小道にがくりと崩れ落ちた。
 まつみのような、小さな黄色い花が傍らに咲いていた。



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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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