TOP > スポンサー広告 > title - ピンクのイルカが夢を見た 4-9TOP > ピンクのイルカが夢を見た > title - ピンクのイルカが夢を見た 4-9

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ピンクのイルカが夢を見た 4-9

(母さん、それちょっと……?)
「先輩、歌教えてください!」
 梨々香は目の間の紅茶も無視して立ち上がるといきなり言った。
「ケマイニさんの、歌です」
 彼らのことなどもうどうでもいいと思っていた。だが梨々香の余りのーそしていつものーぶっ飛び方に牙を抜かれた。
「いや、ってな、あれマジで長いし。慣れてないとそう簡単には覚えられないと……」
「梨々香ちゃん違うって!」
 おろおろしていると慶が口を挟んできた。そして、
「有人。済まなかった」
 頭を下げる。武道を嗜む人間独特の丁寧な動き。隣で梨々香もかくんと首を落とした。
「……オレの方こそひどいこと言った。済まなかった」
「うん。……具合が悪くて休んでるって聞いて……調子どうなの?」
「心配いらない。体の調子は問題ねえんだ。悪いのここだから」
 胸の中心をバンと叩く。
 要はサボりと笑って見せるが、二人の表情はかえって曇った。失敗したと内心舌を出す。
 慶の前には白いカップでコーヒーが置いてある。どうやら母が彼らの好みを聞いたらしい。そのカップの持ち手を軽くとって、大人びた飲み方で唇をしめらせて慶は話し出した。
「梨々香ちゃんは覚えたいんじゃなくて、歌の内容を知りたいんだって。だいたいの意味でいいんだそうだけど。例のパウヤさんの言ってた民俗学者? そいつの論文を梨々香ちゃん見つけて、それで確かめたい、でいいんだよね?」
 相変わらず無表情で梨々香は縦に首を振る。
 それなら帰国してすぐ入力したものがある、と打ち出してきて梨々香に渡す。

 大きな水の側の故郷
 楽園追放
 水と陸をたどる
 水に満ちた新たな楽園
 出発・山越え
 分裂・砂漠の道
 合流・赤い地を越える
 航海を学ぶ
 海の道へ……

 これらの大項目の下に歌詞の大意を記入してある。
「やっぱり……これはラザファスタンの現大統領派に非常に都合が悪い内容ですね」
 梨々香は眉を歪めた。
「へ? 何で?」
「ここの『水に満ちた楽園』以降はインド・アーリア族の民族移動を歌っていると思われます」
 紙を指す。
 パロリンガン諸島の人々は混血だが、本土から海を渡ってやってきたインド・アーリア系民族に、南洋系民族や貿易で行き来したアラブ系民族が交じり合って現在に至ったと思われている。
「インド・ヨーロッパ語族の故郷がどこかには数説あります。ドイツ北部、メソポタミア周辺、そして黒海からカスピ海沿岸地域です」
(故郷か)
 有力な説の一つが南ロシア、北カフカスの黒土地帯。黒海とカスピ海に挟まれ、ドン川、ドニエプル川など川も多く「水に満ちた」地。この歌はその説と上手く合うように思われる。
「でも、それじゃラザファスタンの大統領派には問題なんです。だってここでかなり危険な高い山を越えてから、偉大なる、つまり大きな水の間を進んでいますよね」
 ラザファスタンは南カフカス。カフカス山脈を越えた南の、黒海とカスピ海の間にある。もし山を越えてやってきたのならば、彼らの国土は故郷ではなく通過地点となってしまう。
「現在、インド・ヨーロッパ語族の言語はアメリカ合衆国やイギリスの公用語英語や大多数のヨーロッパの国々の言語、アジアの大国インドと非常に多くの地域、しかも影響力の大きい所で力を持っています」
 ふと目を落してから。
「その『故郷』を主張することが国のプライドのために必要ならば、反する証拠は無くしてしまえばいい、と思うかもしれません」
(それって)
「民俗学者の論文には、故郷からの移動ルートの言い伝えとしか出ていないのですが、カフカス山脈を越えたことが暗示されています。ラザファスタンの人は何らかの形でこれを読み、ンマニ島の伝承内容を確かめてそれを抹殺しようとしたのかもしれません。最近、口述での伝承が思いの外正確だと知られてきているみたいですから」
「……」
「厳密に語族というのは観念上のもので、実際にその言葉を使った人々が移動したかとは別になります」
 例えば戦後米軍に占領されて以降日本の英語が公用語になったとしたら、言葉は動くが実際の人間は動いていない。
「それと民族ともまた別ですから、インド・アーリア族の移動ルートとインド・ヨーロッパ語族の故郷説を混同するのは意味がないのですが……」
「そ……そんなことでケマイニは殺されたって言うのかよっ!!」
「塩矢さん」
「そんなことで、あの人が……」
 体が震える。
「どうしてそんなことが」
 絶叫し、
「おばさん!」
 慶がすかさず有人の母を呼んだ。


「そんなこと、じゃないわ。『神話』ってのは大事なのよ。国だけじゃない。会社でも学校でも、自分たちはこんな存在なんだ、って思い込みがあるから組織として成り立つところがある」
「『森のお城』とか?」
「あなたの学校ね。そう」
 二人が帰った後、母はベットに戻った有人の背をさすり続ける。
 子どもっぽくて恥ずかしいのに、拒めない。
「まして国なら。その政権の行方を決める選挙なら。一つの神話の崩壊で、その後の歴史が変わる」
「……」
 目頭が熱くなる。暖かい、ケマイニの腕が今はない。
 彼が教えてくれた歌が、あの白人たちの国の政治を揺るがす可能性があるとまではわかった。だがそれがどう「工場」に、人魚の涙に、そしてまつみに結びつくのかはまだ全くわからない。

 でも、不思議だ。
 もう彼らになんか会いたくもない、と思っていたはずなのに、会ったらすっと気持ちが楽になった。二、三日中に学校にも出られるだろう。
(ありがとう)



 目次 

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

小説へはこちらから
最新記事
最近の有無那
ボリウッド4のうち3つまでは見ました。あとは「きっとうまくいく」のみ。ついでにインド映画の御大アミダーブ・バッチャン、ハリウッド初出演の「華麗なるギャツビー」も見たいです…(7/9)
有象無象
連載メルマガ
現在連載中のメルマガはありません
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。