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ピンクのイルカが夢を見た 4-16

「マーメイドには目的遂行のためのカモフラージュと主張しておいた。だが実際のわたしは、辺境の歯科ボランティア助手という人生に満足していた。真由がこの幸せをくれたなら、感謝してもし足りないと思ったほどだ」
 それで済めばよかった―ため息のように吐き出す。
 篤高がマーメイドのスパイだと知っている高山樹磨は、ある日彼を「工場」に招待した。願ってもないチャンスだった。
「あいつは結局、自分の研究がどんなに偉大か見せつけたかっただけだ。何一つ隠しはしなかったよ!」
 身内だと思うと高山は雄弁だった。
「マーメイドの教義では、人はイルカや人魚になるべきだ、とある。そうだね」
 有人と慶に振る。うなずくと、
「生まれ変わりだけじゃなくて、マーメイドはこの肉体のままでそうなるにはどうしたらいいか、も考えていた。人間が海の中に住むのに障害になるのは呼吸だ。ところで一度陸に上がった動物の中で、再び海に帰る勇気があったのがイルカたち。この話も聞いたね」
「ええ」
「はるか昔、光合成よりも古い別のやり方があった。化学合成だ」
「あ! 私聞きました! ほらあの水族館で」
 梨々果は言うが、有人たちは覚えていない。
「現在でも深海で行われているね。高温の熱水噴出などの中の硫化水素を利用して、水中に溶け込んだ酸素との間で化学合成して栄養分を作る。光がいらないから、人間もこういう体になれれば永遠に海から出ずに生きていけるのではと高山は考えた。まずはその『基礎』を作るために、海底での硫化水素の発生を増やそうとした。といっても、熱水の噴出など彼らがコントロール出来るわけはない」

 刑事たちに断ってから、篤高は大判の本を開いて写真を見せた。
 白い骨。汚れた四角い骨が海底にぽつ、ぽつ、ぽつと離れて延々と並んでいる。その上には、白い異形のカニもどきが寄り集まりかじりついている。有人はすぐに目を反らした。
「これ! 水族館の深海展示のところ。ジオラマの横の写真と同じ!」
 梨々果が興奮した声をあげる。
「そういえば……」
 写真でも見ていると気持ち悪い、と退散したのを覚えている。
「有名な深海写真だ。水族館にあってもおかしくない。この四角いブロック状のものはクジラの骨で、腐敗して硫化水素が発生しているから、化学合成生物群衆に近いものが出来ている。高山たちはこれを人工的に作ろうと考えた。クジラなどそう簡単に手に入らないから、もっともたやすく手に入る、比較的大型の動物に目をつけたわけだ」
「……人間?」
「そう。楡崎さん。島の時から思ってたけど、君は頭がいいね」
 篤高に言われ、梨々果はぽっと頬を赤くした。
「人間の死体が一番苦労せずに集められる。あそこなら遺体損壊罪もないし、金を使えば簡単だ。高山は……妹の遺体も、処理して背骨の骨一つ一つをばらして加工し、島近くの海に沈めた。わたしが平気な顔をしていたからだろう、その処理プロセスの記録写真まで見せてくれたよ」
 しばらく部屋は静まり返った。
「だけど、それって意味がないと思います! クジラと人間では体の大きさが全く違う。腐敗のプロセスとかも違ってくるはずでしょう?」
「そう。スケールが変われば質も変わる。高山は科学者のくせに、基礎を無視して実験にもならない実験に走っていた。宗教狂いの末路だ」
 言うと、篤高はじっと梨々果を見返した。
 その間に走った緊張が、見えた気がした。
「まつみ先輩も……それで……」
 声が震えていた。
「復讐だ」
 篤高の目に不意に魔性の驕りが宿った。
「真由は骨一つ一つばらばらにされてうち捨てられた。だったら、『工場』の『女神』とやらも、同じ目に合ってもいいだろう。もっとも骨の切断には失敗したが」
「お前っ……!」
 立ち上がった慶に立輪が飛び寄り、抱くように押さえる。
「そう。わたしが君の恋人を殺した」
 慶がその場でぐらぐら体を揺すった。
「……まつみを返せっ‼」
「出来ない。わたしも高山と同じで生命の神秘を知っている。人間の分際では、二度と死者をよみがえらせることは出来ない」
「…………っっっっっっ‼」
 歯ぎしりのような悲鳴が慶の唇から飛んだ。
「日野篤高さん。後は別室でお願いできますか」
 中河原が顔を近づけた。篤高は了承して立ち上がる。
 梨々果が泣きそうな目で両手を顎の前で組んでその様子を見守る。慶は立輪に取り押さえられたまま。
 中河原について行きかけて、篤高は振り向いた。
「ああ塩矢君。わたしは君を北京で見てるんだよ。最後の日、船の出る直前に気付いたんだが……旅芸人は良かったね」
「!」
 と先を急がせていた中河原が手を止めた。後方のドアが乱暴に開く。
「シモーヌ!」
 シモーヌ・ジュデュビィエーヌが息を切らせて立っていた。篤高はゆっくりと向きをかえ、遠くを見るように彼女に目を合わせた。
 シモーヌは何も言わなかった。ただ肩で大きく息をし篤高を刺すように見た。
「ぱるどん」
 続いて英語で、申し訳なかった、と告げると彼は振り切るように背を見せた。その姿がドアの向こうに消える時シモーヌはきゅっと唇を引き結んだ。それでも何も言わなかった。
 ちぎられるような思いで有人は彼とシモーヌを見比べた。
(え?)
 篤高を奥にドアを閉める中河原の唇が、にやっとカーブを描いていた。



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テーマ : ミステリ
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