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ピンクのイルカが夢を見た 4-18

 モノレールの終点、私鉄との乗り換え駅。駅前では水族館の宣伝モニターが「秋の特集は黒潮と魚です」などナレーションを流している。海辺の国道へ出て漁港とあの海浜公園を過ぎ、神社のある小さな岬まで十分ほど。神殿の裏を通る住民たちの小道を経て、有人たちは黒い岩陰で身を潜めていた。
 右手側の崖から木々が頭上に大きく枝を伸ばす。左手はすぐ海。波が岩場を洗う音が水面から立つ潮の匂いとともに三人に届く。

 居軽・コーディリア・エマが姿を消した。慶と有人がマーメイドの会員サイトにアクセスしたところ、少し前の日付でコーディリアの講演予定が全部キャンセルになっていた。
(まつみの携帯データのサルベージが出て、立輪さんが詰問に行った頃だ)
 公式発表では神のお告げを受けて祈祷と瞑想に入るとされていた。警察が会の幹部に居場所を尋ねたがわからないと言う。実際ほとんどの幹部は、コーディリアのスケジュールなど直前まで知ることが出来ないようだ。
『やっと見つかったんだ』
 有人たちの学校から近い岬の海側にある洞窟の中に、少数の信者と共に籠っているのを警察が確認したという。それでも立輪は決してコーディリアが容疑者だとは言わなかった。
『あの人から事情聴取したい。現地で確認してもらうことがあるかもしれないから、君たちも来てくれないか?』
 有人は自分の携帯に来た連絡を二人にも伝え、今ここにいる。

「合図するまで、絶対出てこないで」
 さもないと公務執行妨害で逮捕するわよ―中河原が冗談めかして言った。緋色のテーラードジャケットに黒いパンツ。耳につけていた無線を外す。
 慶たちをまたぐようにして狭い岩の上を上っていく彼女に後ろの梨々果が厳しい目を向ける。そのまた後ろ、坂状になっている一番下に有人。もう少し後ろに制服の警官が何人が控えているはずだ。
 近くで見る海は薄い水色だ。パロリンガンとは違い油が浮き、ゴミの流れが見える汚れた水。それでも水平線まで目をやれば、建物もないそこは深い碧に見える。
(見事なくらい、ぼくは恐がりだ)
 緊張に唇をひき結びながら有人は思った。
 岬の先端の右、有人たちが隠れている所からは反対側の洞窟から人が数人出て来た。みな青い布を頭から被っている。マーメイドの儀式用のものだ。
「私たちは海をこんなにも汚してしまった。人魚様やイルカ様の敵になってしまった。それでも神は彼らを通し私たちに許しを与えてくれました。この愛に応じない者がいるのか?!」

(コーディリアさんの声だ)
 慶はぎゅっと岩に掴まる手に力を込めた。
 懐かしいような力強さ。裏切られたという噴出する怒り。
 なぜまつみを探さなかった。なぜまつみを「女神」として利用した。

ー有名人の娘だったまつみを通して、親も「釣る」ため?
ー工場のスポンサーの1つだったラザファスタンの政商からより多くの資金を引き出すため?
 彼らの目的は貿易でも何でもなく、有人の覚えた歌。
 工場からボートでンマニ島に潜入したラザファスタン人により、ケマイニは殺された。警察を通して知らされ、有人は目を赤くしていた。思い出す。

『工場なんて出来ても出来なくてもどうでもいい。ああそうだ! 島で一番問題なのは、貧しさでも何でもない。人の和を失うことだ!……小さな島の中で仲が修復出来なくなったら。もうここには住めないってことなんだよ!』

 伝統社会が壊れれれば、伝承も失われる。
『パウヤさんが言った通り。それが目的だったんです』
 梨々果は言った。
 そんなことでケマイニを殺し、まつみを振り回したのか?

 なぜ神は、あなたと人魚様とイルカ様に忠実な「アクター《行動者》」だったまつみを救ってくれなかった。運命は……誰が決めたんだ!
 まつみ。なぜ、僕を捨てた。

「私たちは人魚様のように、愛を胸に生きなければならない。私たちはイルカ様のように社会という鎖を抜けて自由に遊ばなければならない。あの優美さは天から与えられたアートだ。醜い人間という形の私たちも、彼らの教えに従うことで必ずあの海のものとなれる……この恵みの約束を違えようとする者がいるのか?!」
 いません、という信者たちの声が遠く聞こえた。
 白い服の裾が岩陰にちらりと見えた。コーディリアは何か指示をすると岩場の中に去ったようで、信者たちはそれぞれ岩に座り祈りの姿勢を取る。


「母なる海よ。あなたの恵みに感謝します。あなたは命の源。全ての命の母。生けるものは全てあなたから生まれ、あなたに還る。そのふるさとを汚す人間の一人のわたしは、あなたにあげる頭のひとつもありません。それでもあなたはやさしくわたしたちを抱いてくださいます。寛大なる海よ。どうかこのわずかな奉仕を恵みによってお受け取りください。わたしはあなたのご恩を忘れず、全身全霊でふるさとを守る一員となることを誓い……」


 マーメイドの祈祷文に、思わず慶は口を小さく動かした。たった一ヶ月弱でここまで自分に馴染んでいたのかと気付き、初めて慶はぞっとした。
 日没にはまだ時間がある位置の太陽。だが色は強い赤みを帯びてきている。
 遠く伸びる海も空も、湾の向かいに見える半島の姿も全てが青い影になっていく。青絵の具で描いた墨絵のようだ。その青い雲の割れ目から、オレンジの光がラッパのように開いて地上に降り注ぐ。
 天から降る真っ直ぐな光の線。
 青の世界の中、広がる日の光だけがオレンジを添えて輝く。
 深い青一色に染まる海。小さく割れる波にオレンジの光がそれぞれ宿って、ちらちらと揺れる。
 祈りの姿勢のままその光景も見ない信者らを小さく哀れんで、慶は前を仰いだ。
(!!)
 突然、慶は自分が間違っていたのではないかと思った。
 洞窟の前、教室一つ分くらい離れた黒い三角岩の前で、人魚がはねた。

 馬鹿な、と横を向いて目を強くつぶってから、もう一度見る。何事もない静かな水。と、赤い鱗が水面を叩き、人魚が黒髪から水上に出て岩に腕を伸ばした。
「人魚様!」
「人魚様だわっ!」
 信者たちも今度は黙っていなかった。岩場の先頭に集まり、足元を濡らす波に気も止めず人魚様あーっと叫び、祈りの形に手を組み、騒ぎ立てる。
 やはりマーメイドティアーズは正しいのだ。
 そう思ったが、違う。黒い岩の回りを遊ぶようにゆるりと泳ぐ人魚は、岩と同じくらいの現実感で見えるのだ。
 マーメイドでは、人魚様は精進が進んでレインボウやヘブンズリングのランクに「下」らなければ見えないと言われた。慶のような新米信者にあれほど確かに見えるわけがない。
 と、人魚がこちらに視線をやった。慶はぎょっとした。
 今までそれはひとがたに見えた。赤い鱗はともかく、顔から首の美しいなだらかさ、伸びやかな腕、海藻のようなもので覆われた薄い胸のどれも人と同じものだった。もしかしたらまつみの顔をしているのでは、と期待したが全く違った。遠いためよくは見えないが、親しみやすいながら整った顔のよう。
 だがその目が―
 彼女、いや人ではないので「それ」は、異形の視線で慶を打った。
 言葉も、意志もまず通じない。獣と同じ、もしかしたらそれよりも恐ろしい別世界の生き物。そもそもあれは生きているのか。
 恐怖を隠し、慶は後ろを振り向いた。
 岩にへばりついたまま、梨々果もぼうぜんと目を見開いていた。

 人魚が泳いでいた。岩にまとわりつき、水と遊び、黒髪を水面に広げてはいとおしげに海に潜り、岩の向こうに姿を見せる。
 人魚などいるわけがない。あれは人間だ―そう思おうとしても、遠く鱗を揺らして泳ぐそれに梨々果は揺らぐ。あの動きは魚じゃない。人でもない。全く未知のもの。この岬に集まる人間と言う種そのものに怒っているような異形の目。
(どうしよう。先輩?)
 有人を振り向いた彼女は、口を手で覆った。

「何を騒いでいる!」
 割れるような声がした。コーディリアが奥から姿を表したのだ。
 海の中の岩に座って髪をつくろう人魚に向かい、しばらくコーディリアの背中は動かなかった。何かつぶやいているらしいのが陰からでも聞こえた。
「コーディリアさん?」
「これは何かの間違いだ!」
 確かにそう聞こえた。と右側から急に白いボートが現れた。船端に警察の紋章が入ったボートは見る間に岩場に近づくと、降り立った制服警官たちが押し問答しながら岩場の信者らを乗せていった。
 コーディリアが身をひるがえした、その瞬間。



 目次 

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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