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ピンクのイルカが夢を見た 4-19

 にょきっ! 
 水中から黒い手が伸びて彼女の両足首を掴んだ。
 ひゃあっと声にならぬ音が漏れる。岩場の下の水面からボンベを背負った黒いウエットスーツの男が二人現れてよじ登り、コーディリアの両腕をぐっと掴んだ。背中にはPOLICEとの白抜きの文字。
「コーディリアさんっ!」
 助けたいのか助けてほしいのか、ボート上から信者が手を伸ばす。が、それは一人の女だけを残して岩場を離れ海に去っていった。途中、また現れた白いボートと行き違い、乗組員同士が敬礼を交わす。
 新しいボートには立輪が乗っていた。暮れる群青の空の下、深い青の海の上、岩場に座る人魚を立輪は両腕で大事そうに抱き上げた。
 人魚はその長い腕を立輪の首にくっと巻き付ける。と、突然、その雰囲気が変わった。立輪が人魚をボートの海側に座らせ終わるとボートは一路コーディリアに近づいた。
「とっ!」
 掛け声と共に、中河原が背後の岩場から飛び降り、コーディリアの前に立つ。ボートから降りた警官たちと共に、警察潜水夫に拘束されたままの彼女に近付いた。
「居軽・コーディリア・エマこと居軽絵麻。犯人秘匿の件でお話を聞きたいのですが」
「わたしが誰を隠したというのか?」
「おわかりでしょう?」
 ふうん、とコーディリアは鼻で笑い、中河原を見すえた。
 白い柱のように天に向かって立つコーディリアと、紅と黒で丸みを帯びて地面にしっかり突き立つ中河原。女二人、無言で強い視線を交わす。
 と突然中河原は一人だけ岩場に残された信者の女の方に顔を向けた。
「瀬賀羽美子さん。あなたは最後まで見ていた方がいいわ」
 中河原が青いベールを剥ぐ。羽美子は怯えた目であたりを見、警官たちを強く睨み付けた。
「あなたは別に、何も悪いことはしていないんだしね」
「人魚様をどうしたの!」
 羽美子はそばに浮くボートの立輪に向かって叫んだ。苦い顔で見返した立輪は、岬の中河原の合図で甲板の人魚をもう一度抱き抱えた。今度は、泳ぎ疲れた少女のようにぐたりと「それ」はいた。
「そこまでオレのこと心配してくれなくてもいいんだよ、羽美ちゃん」
 「人魚」が口をきいた。

 立輪に再度甲板に降ろされると、自分の腕を唇につけ、ぐいっと真横に引く。赤みは少し取れただけ。
「参ったな。コレ、水中撮影用の特殊メイクだからたいして取れねえや。立輪さん、クリーム取って! あー、それじゃなくて、金の蓋の奴。クレンジングクリームって書いてあるだろ」
「ボク英語読めないんだよ」
「カタカナでも書いてあるって!」
「塩矢っち……」
 羽美子の喉からやっと搾り出された声。
「さすがね。香港映画の子役スター、アレクセイ・S≪シオヤ≫・黄《ウォン》」
「知ってたのか?」
 意外さを隠そうとはせず、ボートから仁王立ちのコーディリアを見上げる。
「先日ようやく、あなたの『正体』の調べが付きました。隠し事は出来ないものよ」
「無≪モウ≫」(No)
 隠したことなどない。黙っていただけだ。
「子役じゃなくって、少年俳優って言ってくれねえかな。一応十四まで映画出てたんだし。それとあっちには大物が転がってるから、明星《スター》はちょっと無理だな」
 慣れた手つきでメイクを落としながら冷たい目をコーディリアに向ける。警官の合図で、上の岩場に隠れていた慶たちも立ち上がる。ふらついた梨々果が警官に支えられるのが見える。
 日は水平線の上、正に沈んでいこうとしていた。
 
 有人はかつらを取るのを立輪に手伝わせている。一人では外せないらしい。回り道をして洞窟前に降りた後も、慶は、有人から目が離せなかった。
 よく見ればいい顔をしているクセに見た目に気を使っていない怠慢野郎だと思っていた。
 そうではない。彼は気を使っていないふりを演じていたのだ。完璧に。
 細い鼻筋の横を、白い頬を、流れる水滴まで生き生きと見える。化粧は落としたというのに目も依然強く大きい。タオルをかけた肩が振り向くそのライン、櫛を受け取る腕の動き。異形ではなく人間の動きとして全て優美で、残像が残るほどだ。
 自分などとても及びもつかない。
 ー人魚などやはりいないのかもしれない。
 そう思うことは寂しかった。まつみはもう、どんな形でもこの世にはいない。声も思いも届かない。
 だがもし人魚がいるとしたら、きっと、あのようにー有人が完璧に演じてくれた異形の生き物のようにー美しいのだろう。そう思うと少しだけ慰めになった。
「わたしが秘匿したとかいう犯人は見つかったの?」
 洞窟に出入りする警官を見ながらコーディリアが聞く。
「探し物には時間がかかるのよ。普通のことです」
「だったら失礼させてもらう。そもそも宗教儀礼の中に踏む込んで荒すなんて、日本の警察は最低だ。どこの企業からお金をもらっているのだかは知らないけど」
「調べられて困ることでもあるんですか」
「ない。だから失礼する。さっき連れていったうちの会員たちはどこにいるの」
「港までお送りしてすぐに解散していただいたはずですが」
 コーディリアはふんと横を向くと岩場の先に進み出た。
「立輪ヘルパー。港まで送ってちょうだい」
 やっとかつらが外れた有人の横で、立輪が表情を失う。
「捜査に協力した民間人を送ることは、立派な警察艇の仕事でしょう」
「…今、この船は動きません。操縦士も洞窟内で捜索中ですので」
 岩場の奥にぽかりと空いた穴を見遣る。固い声。
「免許は持ってるわ」
 コーディリアが乗り移ったはずみにボートの左右がぶわんと揺れた。操縦席に真っ直ぐ進む彼女。
「立輪君!」
「すみません」
 中河原の声に立輪はうつむいて答えた。船は動き出し、立輪は米袋のように有人をかかえるとぼん、と海に投げ入れた。赤い鱗が暗い水面に沈むと、それっきり見えなくなった。



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テーマ : ミステリ
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