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ピンクのイルカが夢を見た エピローグ4

―先に戻る。梨々果&有人。
 簡単なメールを送ると、梨々果に、
「行こう」
 と低くうながした。植え込みごしにすすり泣く慶の声が聞こえる。
「あいつがオレたちに、泣き顔なんか見られたい訳はねえだろ」
 風に強く吹かれながら川べりまで歩く。橋の上に来た時、梨々果が止まった。
「塩矢さん。あの、今日じゃないと言えない気がするから」
 海側に向かい、二人は顔だけを合わせた。
「私、塩矢さんのこと好きです」
 予想もしない言葉だった。
「まつみ先輩へのお気持ちは知ってます。塩矢さんが映画スターだったから好きなんでもないです。言っておきたかっただけ……」
 見上げた梨々果の表情がさっと変わる。それだけで、有人は自分がどんな顔をしているか理解した。
「済みませんでしたっ!!」
 ばたばた足音を立てて去る梨々果をその場から呼んだ。止まらなかったので、
「梨々果! 言いっ放しで逃げるのかっ!」
 怒鳴ってやった。
 おずおずと、右手右足を同時に出すような歩き方で彼女は橋の上まで戻ってきた。
 なるだけやわらかい目で彼女を見るように努力する……が、駄目だ。
「済まない。今、オレはとっても恐いんだ」
 泣きそうに眉を寄せる梨々香に慌てて言う。
「梨々果が恐いんじゃない。母さんや父さんなら大丈夫なんだけど、そういう好きは……」
 欄干に寄りかかって額を押さえる。
「まだ駄目か」
 自嘲して、ちらりと彼女を見てから話し出す。
 はるか遠く、何もない水平線。

「……オレが銃の扱い方を習ったのは、わかるだろうけど映画の仕事でだった。少年暗殺者《アサシン》って設定で、主役級の良い役だったよ。その時、物覚えの悪いオレについて辛抱強く教えてくれたのがあのひとだった」
 英香ハーフでイギリス軍上がり。映画の銃器・アクション関係の会社のスタッフだった。
「で、オレとあのひとは付き合い始めた。何の問題もなかった、一応ね」
 有人は既に名前が売れていたから、スキャンダル予防に回りから隠した。それだけだ。
「オレは全く知らなかったんだけど、あのひとはつてを使って、軍や警察の武器の横流しに関わってた。誓って言うけど、悪いことに使おうとしたんじゃない。映画で必要とされる物をすぐに準備出来るようにしたかっただけだ。だけどそれがまた流れて、ある日銀行強盗に使われた。警備員が重傷を負った。ああそうだ!……」
 ニュースを二人で見ていた時、何でそう騒ぐのかわからなかった。
『死にはしなかったんだから』
 言った有人に、そのひとは目を剥いて怒った。殺意、つまり、
『狂暴で凶悪な憎悪を向けられた』
 のだと。
 まつみのことを思った時、何度も出て来たこの言葉は、あの時そのひとのセリフだったのだ―
 いや。ここまでずっと「まつみ」と呼んできたけれど、もう止めよう。

 あの子は控えめで、自分が「松法」を名乗る自信もなくて、皆にまつみと呼ばせていた。けれど姓を入れた呼び名は、実は松法の名に誇りを持っていた現れだったのかもしれない。
 それももうわからない。
 彼女は眠りに付き、コンプレックスにも寂しさにも煩わされることもない。
 だから普通に「みな美」と呼ぼう。
「どこまで話したっけ?」
「銀行強盗で重傷が一人……」
「ああそうそう。あのひとは、いずれ自分のところまで捜査の手が及ぶことに気付いた」
 自分のした事が犯罪に利用されたことでもパニックになったのだろう。
「やさしい人だったんだよね。そこで人生をあきらめちまったあのひとは、自殺を計った。オレを巻き添えにして。……プロだったくせに、最後はオレにも自分にも急所を外した。どちらも即死にはならなかった。オレは撃たれて動けないまま、あのひとが苦しんで、死んでいくのを目の前で見る羽目になった……」
「……」
 有人はなんとか助かったが心は一度崩壊した。
「狭い香港じゃ、俳優だったオレの隠れ場所はない。母さんはオレを連れて『性に合わない』とか言ってた日本に戻って、オレを日本国籍にして守ってくれた」
 海鳥の声に空を仰ぐ。今日はよく晴れている。
「あれ以来、恋愛は恐くて。誰か『ぼく』を好きになった人は、いつか『狂暴で凶悪な憎悪』でぼくを殺すかもしれない」
 みな美が気になり出した時、やっと自分も回復したのかと安心した。
 彼女が姿を消した時、動揺した。殺されて戻った時、もう駄目だと思った。
「ぼくは、君や慶たちみたいに純粋な気持ちで事件を追ってたわけじゃない」
 自分が二度と人を愛せなくなるのが恐かった。悪いのは犯人だと指を指して非難して、「狂暴で凶悪な憎悪」が、自分とは関係ないところで動いたのだと見切りたかった。
「言ったでしょ? ぼくは臆病で、恐がりで……それから、卑怯だったね」
「そういうのが塩矢さんの本来のしゃべり方なんですか?」
 苦笑いして二度うなずく。
「あっちじゃ『両性具有の美少年』がコンセプトでね。マネージャーも会社の人も大嘘だって知ってて、単にビジネスだからって割り切ってたんだけど……日本に来てから、もう演じるのは止めてワイルド系で行こう! って思って……これまた演じてたのかな……」
 風に乱れた髪をかき上げて、にこりと笑って梨々果を見る。途端に彼女は当惑気に目を泳がせた。
 そういうわけで、今の自分にはまだ誰とも恋愛は無理みたいだ、と丁寧に頭を下げた。
 背を向けた梨々果に声をかける。
「受験頑張りなよ。英語でわからないとこあったら、持ってきな」
 ただし文法以外―言うと振り返った梨々果はうれしそうにうなずいてから帰っていった。


 香港《ふるさと》では、海から眺めるといつもビルが見えた。
 向こうに何もない日本の海にはいまだに違和感がある。
 子どもの頃、まだ広東語がつたない母と一緒にドルフィンウオッチングの船に乗った。遠く眺めた高いビル街の美しさに子ども心に誇らしい気持ちになったものだ。
 ピンクドルフィンとは、白イルカが生理現象で染まって薄く色づいて見えるもののことをいう。彼らは飛んだり跳ねたりする種ではない。控えめに、ぽつっとときれいとは言えない海面に姿を見せてぽこりともぐり、しばらくするとにゅっと背中だけ見せて去っていった。
 まるで、あの少女のように。

『あいつは最後まで、慶を好きだったんだぜ……』
 慶は、ぼうぜんと目を見開いて、やがて顔を手で覆った。
 声も立てずただあふれ出る激情に耐えていた。
(良かったね。あいつはやっぱり、君が好きだったんだ)
 学食の隅で、いつもの格好付けも忘れ頬いっぱいに笑み崩れながらみな美を眺めていた慶。
 向かいでみな美も、控え目ながらきらきらした目で慶を見上げていた。こちらも普段と違い、両手で何やら示しながらよくしゃべっている―それでも三分に一回ぐらい口を開くだけだったが。
 あの子の人生最後の一年少しを幸せにした慶に、心から礼を言いたい。

 ノートを取る時の白い首元。
 寮食堂で、いつも時間ぎりぎりまで背を伸ばして席に座り、空いた皿に目を落としていた姿。
 やっと言える。ほのかな思いでしかなかったけど、それでも自分は松法みな美が好きだった。

 あのひとも、最後には自分を殺そうとしたけれど、その前は崩れそうな顔で自分に微笑んでくれた。ソファーに寄り添って映画のことや歌のこと、どこのマンゴータルトが一番おいしいかなどどうしようもないことまで、飽きもせずにしゃべったものだった。
 後ろから、両肩に手を添えて軽く重みをかけて。いつも、右側からくるりと立った。
 撮影を終えて、芸能記者の尾行がないのを確認してからあのひとの部屋に飛び込んだ。玄関に入ったとたん、いつもあのひとの空気に包まれた。シンプルなデザインの趣味も、あのひとの匂いも全て光の奔流のように自分に押し寄せてきて、両手を開き―
 離島の別荘を借りて、隣を借りている学生グループに自分の正体がばれないように気をつけながら、こっそりたくさんやった花火……


 空虚な水平線の上に散る白い雲。



「阿《ア》ジェイ、我愛ツォー你ラ《ンゴーアイツォーネイラ》」
 ―愛してたよ







 (終わり)



 目次


参考文献などが追記にあります↓


【参考文献など】

・「NHKスペシャル 海 知られざる世界 第2巻
  めぐる生命の輪/深層海流 二千年の大航海」
               NHK海プロジェクト NHK出版
・「海洋の科学」 蒲生俊敬 NHKブックス
・「深海生物ファイル」 
 北村雄一 協力独立行政法人海洋研究開発機構 ネコ・パブリッシング
・「イルカ・クジラ学」 村山司・中原史生・森恭一 東海大学出版会
・「宇宙創成から人類誕生までの自然史」 和田純夫 ペレ出版
・「印欧語の故郷を探る」 風間喜代三 岩波書店
・「世界の歴史3 古代インドの文明と社会」 山崎元一 中央公論社
・「一万年の旅路」 ポーラ・アンダーウッド 星川淳訳 翔泳社
・「全訳世界の地理教科書シリーズ6 ソビエト連邦」
            A.Iソロビエフなど 柴田義松訳 帝国書院 
・「地球の歩き方 ’07 C08 モルディブ」 「地球の歩き方」編集室 ダイヤモンド・ビック社


<水族館>
・江ノ島水族館   ※深海コーナーあり
・名古屋港水族館
・海遊館
・八景島シーパラダイス アクアミュージアム


【BGM】

 PAGANINI: Concert for Violin and Orchestera No.4 in D minor
SALVATORE ACCARDO,violin
(パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲 第4番 サルヴァトーレ・アッカドの演奏で)

 こちらが今回のテーマソング。他に
・張國栄(レスリー・チャン) 「Forever」「C」「陪你倒數」
・王菲(フェイ・ウォン)「寓言」
・關淑怡(シャーリー・クワン)「Ex All Time Favourites」
 どちらも有人の故郷、香港のアーティストのアルバムということで。


【謝辞】

 アイデア出しの時点から取材、執筆まで全てにおいて多大なサポートしてくれたGに大きな感謝を。
サイトの目次ページの写真も提供まで、本当にありがとう!

 Aさん。あなたのピンクのイルカについてのエッセイを読まなければ、一度お蔵入りにしていたこの話を再び世に出そうとはしなかったでしょう。ありがとうございます。

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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